2016年7月29日金曜日

指輪 ハセキョー 罰


「指輪されてませんね。独身なんですか」。
そんなことを言われた。大きなお世話である。

あんな小さいリングひとつで私の人生を分かったように語られるのはゴメンである。

結婚していた時も指輪などしたことがない。結婚式ですら借り物の指輪でごまかした。あくまで個人的な考えだが、男が指輪をはめることに違和感がある。

結婚指輪の習慣が日本に根付いたのは、ほんの40~50年前のことだ。水戸黄門の印籠のように天下無敵?みたいな存在になっているのが何となくしっくりこない。

だいたい、こんな季節に指輪をはめ続けていたら指が臭くなりそうでイヤだ。「結婚してまっせ」アピールをしたいのなら、他にも方法はあると思う。おでこに既婚と書いて過ごすとか。

なんなら「お歯黒」を復活させて男にも強制すれば、無気味な人ばかりになって不倫騒動も激減するんじゃなかろうか。

暑さのせいで乱暴な話ばかり書いてしまった。

http://www.nhk.or.jp/pyd/furenaba/

NHKのBSで放送中の不倫ドラマが物凄く面白い。「ふれなばおちん」というタイトルだ。ハセキョー演じる地味な主婦が若い男とゴタゴタしちゃう話である。


「触れなば落ちん」。はかなく脆く、すぐにでも崩れ落ちそうなことの例えである。何とも素敵なフレーズだ。

極論すれば、誰にでも当てはまる言葉だ。一種の事故と思えば分かりやすい。誰でも「魔が差す」場面はある。煩悩の塊である人間なら当然だ。

今は見逃したドラマもインターネットで最初から見られるから、アホヅラしてポケモンGOとやらをやっている暇があったら、このドラマを見たほうが余程タメになる。

ちなみに「タメになる」と「ダメになる」って濁点一つでまるで逆の意味になるんだなあ。。。う~ん、何とも深い話だ。

話がそれた。

昨年、結構人気を集めた「昼顔」というドラマより面白いのでオススメです。


ハセキョーの旦那役の鶴見辰吾がまた良い。大昔の「金八先生」で杉田かおるが演じた同級生と子供を作っちゃった朴訥な少年の未来を見ているようで感慨深い。

あの時代、手軽な妊娠検査薬なんか無かったから、ちょっとでも不安?があると大変だったことを思い出す。

また話がそれた。結婚指輪の話だった。

そもそも指輪の円形は永遠を象徴する形だ。永遠の愛を誓うという意味で結婚指輪の交換が行われるようになったらしい。

現在の離婚率を思えば残念ながら迷信だということがよくわかる。永遠という考え方がちょっと強引である。人間の感覚なんてそんなに真っ直ぐではない。小さなコトの積み重ねで簡単に破綻する。

指輪自体は紀元前から存在したそうだ。装飾品や武器として石や貝殻が活用されていたとか。

ついでに言えば、古代ギリシャ神話の中には神の怒りをかった誰かが罰として鉄の指輪をはめられた話があるらしい。

罰である。孫悟空が頭に鉄の輪をはめられたようなものだ。ひねくれ者の私としては「指輪=罰」論に何となくニンマリする。妙に納得してしまう。

愛に溢れた幸福な家庭を築いている人からはぶっ飛ばされそうだが、結婚指輪は罰みたいなものかもしれない。

たいていの人が結婚に辿りつくまでに別れもいくつか経験している。そこには痛みも悲しみも嘆きもあったはずだ。そんな過去への罰として孫悟空のように輪っかをはめることになったのかもしれない。

う~ん、なんか面白みがない説である。ひょっとしたら結婚まで辿りつかなかった過去の人達の怨霊?から身を守るための「お守り」だったりして。そっちのほうが分かりやすい。

まあ、もっともらしいことを書いてみたが、なんだかんだ言って結局は「犬の首輪」みたいなものだろう。

首輪をはめていない犬は世間から警戒されるし、それこそ狩られてしまう。そうならないための目印として首輪によって保護されている。

男女を問わず結婚は“家で飼われる”ようなものだから、首輪の無い犬のように野放しにしないための印として機能しているのだろう。

ちゃんと家庭を切り盛りしている人には不快な話を書いてしまってスイマセン!

あくまで男性の指輪という習慣に違和感があるという趣旨なので、負け犬?の遠吠えとしてご容赦願います。

2016年7月27日水曜日

焼鳥問題 葡萄屋


焼鳥と一口に言ってもスーパーで売っているベトベトの甘いタレをまとったヤツから銀座あたりでワインを主役に1700円ぐらい取るヤツまで様々である。

基本的には安くて気軽に食べられるものだが、安すぎてもマズい。ここが問題である。

ひとり気ままに大衆酒場で安酒をあおっている時に出てくる焼鳥は「フツー」である。マズいとまでは言わないが、ウマくはない。



幸せだなあ~とつぶやくぐらいウマい焼鳥を食べるには、それなりの店に行く必要がある。

ただ、「焼鳥の気分」だから豪華だとかオシャレだとかそんな要素は不要である。さりげなくウマい焼鳥が食べられれば充分である。

エラそうな親父が威張ってる店はイヤだし、かといって、さもこの店は特別なんだぞ的アピールがプンプンの店も何となく居心地が悪い。

普通にウマい焼鳥が食べたいわけだから、ソムリエが得意になってワインを語るような店もイヤだ。ワインに無理やり合わせたがる昨今の風潮はちょっとウザい。

たかが焼鳥、されど焼鳥である。わがままなシングル・オジサマとしては「頃合いの店」に行きたいわけだ。

頃合いの店といっても様々だ。20代、30代のオニイチャン達と私が同じ感覚であるはずはない。あまりカジュアルで大衆的に過ぎる店もビミョーだし、騒がしすぎる店も困る。

安くてウマいのは大歓迎だが、実際には、そういう店は予約が必須だったり、ぎゅうぎゅう詰めで息苦しかったり、食通らしきオッサンが哲学的な顔でうなずいていたり、なかなか厄介である。

大衆的過ぎず、かといって大袈裟な感じでもなく、予約なしでも入れて、常連が我が物顔で騒いでいることもなく、肝心の味も間違いない店。こういう路線の店は見つけにくい。

なんだか前振りが長くなったが、銀座一丁目というか有楽町の「銀座インズ」地下に構える「葡萄屋」は、そんな私の望みをかなえてくれる店だ。

落ち着きのある民芸調の造りで、席数も多い。無愛想ではないが、物静かに黙々と焼き場に立つ職人さん。お運びのおばさん達もこなれている。

やたらと威勢の良い掛け声ばかりが耳障りなイマドキの飲食店をうっとおしく感じる私にとっては居心地が良い。



この画像はこの店の名物「鳥味噌」である。先月、このブログでも紹介した。店でも買えるし、ネットでも買える。素直に絶品である。店に行くとこれが突出しで出てくる。

酒の品揃えが凄いわけでもなく、奇をてらったメニューがあるわけでもない。かといって気の利いた一品料理もあって、のんびり過ごすには丁度いい。



鴨のタタキである。他のものより高い値段設定だったからあえて注文してみた。残念ながら安い鴨がウマくないのは世の常である。変な言い方だが、高い方が期待できる。

高いといっても、それなりのお寿司屋さんで大トロを頼むことに比べれば、ボリューム、味わいともに満足感がある。

肝心の味だが、旨味たっぷりでウホウホニンマリするレベルだった。亡き大橋巨泉さん風に言えば「ウッシシ」である。

つけダレの味も最高だった。ワインが苦手なくせに、ついつい赤ワインを頼んでしまうほど鴨鴨しい味を堪能できた。



こちらは鶏レバの燻製だ。スモーキーかつネットリで酒のアテにバッチリである。こういう1品があればグダグダと飲める。突出しの鳥味噌、鴨のタタキ、レバの燻製。これだけで充分だと思えるほど。

もちろん、串焼きも正しく美味しい。肉質、焼き加減ともに上質だと思う。全体を通して感じるのは丁寧だということ。これは大事な要素だ。



こちらはシメの鳥茶漬け。ゴマだれベースのタレで食べて良し、ダシをかけて混ぜ混ぜ状態で食べて良しというパターンだ。

サラリーマンが毎日のように気軽に立ち寄れるほど気軽な感じでもないが、かといって、敷居が高いわけでもない。大人が時々ふらっと暖簾をくぐるのに適した店だと思う。


どことなくヨソ行きの空気が漂う銀座と、かしこまらずに気楽な有楽町という街の特徴がちょうど良く混ざり合った頃合いの良いお店だと思う。

2016年7月25日月曜日

ワインレッドの靴 バーガンディー


♪ 赤い靴 履いてた 女の子 ♪

童謡「赤い靴」である。「異人さん」に連れられて行っちゃう歌である。「異人さん」である。「ひい爺さん」ではない。

それはさておき、今日は靴の話。以前、黒い靴の話を書いた(http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2016/02/blog-post_24.html)が、今日は赤い靴ならぬワインレッドの靴の話だ。

靴好きの世界ではワインレッドという言い方はあまりしない。「バーガンディー」である。フランスのブルゴーニュの英名だ。すなわち赤ワインのような色の靴をそう呼ぶ。


以前からこの色の靴が好きなのだが、最近、は今まで以上にバーガンディーに惹かれる。根本がアマノジャクだからあまりヨソの人が履かない色を選びたがるのだろうか。

それなら他の色の靴でもいいはずだが、茶系は別としてそれ以外の色の靴には興味が湧かない。

黄色系や緑系だとさすがにスーツに合わせにくいが、紺色あたりならシュっとしたカッチョいい靴もある。でもナゼだか紺色は選ばないでバーガンディーに目が行く。

もともと、私が好きな色は緑である。クルマや家のカーテン、ポロシャツにしても緑が多い。織部の食器も好きだし、ビジネス用のバッグも濃い緑、普段着用のショートブーツも緑のスウェードがお気に入りである。

バーガンディー、すなわちワインレッドが特に好きなわけではない。そっち系統の色の服は着ないし、そういう色の小物は葉巻ケースぐらいしか持っていない。


靴に限ってバーガンディーにやたらとソソられるわけだ。靴屋さんに入ってもついつい目が行くのはバーガンディーである。つい頬ずりしたくなる。

色の好みにはその人の深層心理が表れるらしい。色彩心理といった話だ。

たとえば「紺色」を象徴するのは次のような要素だという。「繊細 知的 落ち着き 誠実 堅苦しい 義務的 優れた判断 鍛錬」。

フムフムといった感じだ。これがワインレッドになると随分様子が変わる。

「感性 大人 性的 信念 才気 才能 女性の怒り、悲しみ」。

何じゃそりゃ!って感じである。感性だの才能だのは良いが、“性的”って何だ?“女性の怒り”って何じゃらほいである。

まあ、私の場合、あくまで靴の色に限った色の好みだから「女性の怒り」とは恐らく無縁である。きっとそのはずだ。たぶん大丈夫だと思う。

オシャレ番長みたいなイタリア人の男は、その日、まずどの靴を履くかを決めてから服を選ぶそうだ。さすがである。

私にはそんな洒落心はないが、その日の予定によってバーガンディーの靴を優先的に選ぶことは多い。そういう日は当然、靴が先でスーツやネクタイは後になる。


今の季節は雨が多いので、お気に入りの靴を履けない日も多い。意気込んで履こうと思っていたバーガンディーの靴を断念するのはちょっとだけストレスである。

一応、結構な数の靴を揃えているから、自分の中で靴を一軍、二軍、そして三軍に分類している。雨の日は当然、三軍の出番なのだが、今のところ三軍にバーガンディーが一つもない。

二軍、三軍の明確な線引きはないが、お気に入りだったけど、ヨレてきちゃった靴が二軍、買ってはみたものの最初からシックリこない靴が三軍である。

上の画像の手前の靴はヘタれ気味なので二軍暮らしが長い。好きな靴なのだが、いずれ三軍に落ちる日が到来しそうなので「雨の日バーガンディー」として活躍してもらう予定だ。


この画像の靴はバーガンディーというよりマホガニーレッドというジャンルだ。まあ大ざっぱに言えばワイン系である。こういう靴を履く気分の日が多ければ多いほどウツウツした気分とは無縁でいられる。


ちなみに厳密なバーガンディーカラーはこっちの画像の色合いを指すのだと思う。赤よりも少し紫がかった風合だ。赤が強いよりもシックな雰囲気になる。

バーガンディー系の色でもあまり暗い感じが強くなるとマルーンというジャンルに変わる。栗色、すなわちマロンの派生系である。

バーガンディーは、どことなく官能的というか、チョロっとした洒落っ気が特徴だと思うので、個人的にマルーンに近くなるのは好みではない。


マルーンだと阪急電車の色である。ちょっと「くすぶり系」な印象がある。阪急ファンの人、スイマセンです。




話がとっちらかってきた。

ワインレッドを一言で言い表すなら「熟成の証」だと思う。「性的」でも「女性の怒り」でもなく、「熟成」こそが似合うイメージだと思う。

どう逆立ちしたって若者ではなくなった私が目指すべき路線も「熟成」である。そういう意味では足下から「熟成」を意識して歩んでいくのは正しい選択だ。

今日もそうやって何事も都合良く解釈しながら生きている。

2016年7月22日金曜日

Mな散歩


夏になると散歩に励みたくなる。春や秋の快適な散歩も良いが、炎天下に汗ダラダラになって歩くのは妙に楽しい。

Mである。ヤラれちゃってる感じがいい。キツい。ゼーゼーする。でも、その後の水風呂の気持ち良さったら何事にも代えられない無上の快感である。

散歩に出かける前に水風呂を用意しておく。水風呂ザッブンのために散歩に出るようなものだ。

歩いている途中にヘタレそうになると、ザッブンの瞬間を思い描いてもう一踏ん張りする気になる。

身体に良いのか悪いのかちっとも分からないが、精神的には間違いなくリフレッシュする。オススメです。いや、あんまりオススメできないか。


歩いているだけでなく、時にはバッティングセンターに寄り道する。週末でも炎天下の真っ昼間にバットを振ってる奇特な人は少ないから順番待ちの心配もない。

1ゲーム250円である。右打席で2ゲーム、左打席で2ゲームの合計4ゲームで100球ぐらいしか打たないが、フルスイングしていれば結構バテる。1000円で大満足だ。

左右の打席に経つのは身体のバランスを考えてのことだ。昔は野球少年だったからどっちでも同じように打てる。最近は視力の関係か利き腕の筋力の関係なのか、左打ちの方が打球が飛ぶ。

散歩する時もそれなりに左右の重量バランスは考える。道路は水掃けの関係上、道の端に行くほど傾斜している。

同じ側だけを歩くと尻の筋肉が変な感じに張ってくることもあるので、道路の左側を10分歩いたら右側に移動して10分歩くといった涙ぐましい?努力をしている。

腰痛持ちの人などにも大事な心掛けだ。

あちこち劣化してくるとそういう小細工も必要だ。そんな気遣いをしながら身体中の老廃物を汗によって流しまくって細胞が生まれ変わることを念じて歩いている。

散歩は妄想である。いきなりだが、妄想しながら歩くのが楽しい。ただ歩くだけならジムのウォーキングマシーンに乗って黙々と頑張ればいいのだが、あれは非常に退屈だ。


古い小さなお寺を見つければ由緒書きを読んで大昔に思いを馳せたり、要塞のような豪邸があれば住人の家族構成を勝手に想像したりする。

崩れ落ちそうなボロアパートの開けっ放しの窓からステテコジジイがチラっと見えれば、我が身の20年後を想像して身震いする。

寿司屋のオヤジが咥え煙草でかったるそうに水打ちしている姿を見れば、オドオドしながら修行していた頃は可愛い少年だったんだろうなと勝手に思い描く。

退屈そうに無言で歩いている中年夫婦を見れば、出会った頃はきっとラブラブだったんだろうと同情もする。

ボケ防止にも妄想は有効かもしれない。結構、脳ミソが動いている実感がある。すれ違う人々は私がその人の人生を勝手に妄想していることなど知るよしもない。

まあ、一種の変質者である。

今の住まいの近くには、小石川植物園や六義園など散歩にもってこいの場所がある。とはいえ、何度も行くと飽きるので、先日はバスに乗って下町方面に足を伸ばし旧古河庭園を覗いてきた。



元々は陸奥宗光の邸宅だったものが、その後は古河財閥の迎賓館として使われていたそうだ。

古い洋館が見下ろす洋風庭園の他に風流な日本庭園もあって、なかなか見応えがある。そんなことより傾斜地を使った造りが特徴なので頑張って散歩するのに最適だ。

その後は近隣の商店街をブラブラ。馴染みのない土地の商店街を散策するのも退屈しない散歩のコツだ。この日は駒込駅の外れの古い商店街を歩いた。


谷中、千駄木、根津あたりの「谷根千」もそうだが、駒込や巣鴨、日暮里あたりも昔ながらの街の気配が残っているのが魅力的だ。

飲食店やスーパーや量販店がチェーン店の攻勢によってどこも似たような店ばかりになってしまった昨今、下町エリアに残るその街独自の空気感は貴重になりつつある。

これからセミの大合唱が本格化する。私が世の中で一番好きな音色である。マンション住まいだから風鈴を遠慮?している私にとって蝉時雨ほど癒やし効果を実感するものはない。

よりゴージャスに?響く蝉時雨を求めてわざわざ汗だくになって歩き続ける――。

やはりMっぽい性分である。

2016年7月20日水曜日

素直に話を聞く姿勢


人の話を聞く。これって結構大事だ。わかっているけどなかなか難しい。

年齢とともに中途半端な自意識が強くなるから、人の話に素直に耳を傾けない。

てやんでえ~、うるせ~、何をエラそうに言ってやがるんだ等々、聞く耳を持たないで突っ張ってしまう。

もったいないことだと思う。若い頃の突っ張った態度が愚かだったことを自覚しているくせに中高年になっても似たような態度ではマヌケである。

歳を重ねるうちに、当たり前だが、周囲に年下の人が増えてくる。私自身、年下に何か言われても素直に聞けないような感覚が少なからずあったが、最近は割と素直に参考にさせてもらうことが増えた。

遅いぐらいである。早い時期から素直に聞く姿勢を持っていれば人として得るものは多かったはずだ。

若い人が好きなくだらない“陰謀論”などはゴメンだが、人には人それぞれの貴重な経験があるから、年齢に関係なくそれを糧にした話には重みがある。

壁に突き当たった時の心構えはもちろん、仕事の話、家庭の話、子育ての話など、どんなジャンルにおいても、それぞれの経験を元にした話には説得力がある。

個別事情は違えど話の芯みたいな部分は大いに参考になる。まさに「我以外みな我が師なり」である。

以前、ある人から子育てに関して示唆に富んだ話を聞いた。とても参考になった。

「子供の気持ちを安定させるには、前の奥さんをいたわる姿を見せろ。それなりに仲良くしろ」。要約すればそんな話である。

しょっちゅう会っている娘とは良好な父娘関係を維持できている。成績も問題ないし友達関係もうまく回っているようだ。

とはいえ、思春期真っ只中である。そうした表面的なこと以外にはそれなりに闇?っぽいこともあるみたいで、父親に見せない部分では色々あるみたいだ。

父親と母親が一緒に暮らしていないこと自体がイレギュラーだから、子供としては葛藤もあるだろう。

もちろん、私だって子供にとって大事な母親のことを子供の前で悪し様にバッシングすることはない。かといって、持ち上げたり、いたわるような話をしたこともなかった。

まあ、そんなアゲアゲモードになれるようなら今の暮らし方を選択していないわけだから当然といえば当然である。

「いたわる?仲良くする?そんなの無理無理」と頭ごなしに否定した私に、アドバイスしてくれた人は続ける。「その程度の演技もできないようなら子供のことなど守れるはずはない」。

おっしゃる通りである。私自身のこだわりや了見など子供にとっては何も関係ない。たとえ演技だろうと父親が母親のことをいたわるような姿勢を見せることは、子供にとってマイナスであるはずがない。

そんなことで思春期の子供の心が少しでも平穏になるならブツクサ言っても始まらない。その程度の努力?の必要性を人に言われるまで気付かなかったことが少し情けない。

以前なら「てやんで~、うるせいやい」と横を向いてしまったかもしれないが、このところ純情で素直?な私は、このアドバイスが胸に染みた。人の話を真摯に吸収すべきだと改めて思った次第である。

で、ここ数ヶ月、ガミガミ合戦はだいぶ減少し、今では「早くステキな女性を見つけなさい」などと親切な?ご高説まで拝聴している。とりあえずちゃんと柔和な顔で聞くようにしている。

いつまで続くかビミョーだが、ガミガミ合戦が減ったことで、何となく子供関係の色んなことが上手く回っている気がする。私自身の「心うらはら」など小さいことである。

やはり素直な心は大事である。すぐに斜に構えたり、自我ばかり主張したって大して良い結果にはつながらない。

今更だが、人様の言うことは真摯に受け止めるように心がけようと思う。


そんなことを言っていると「またお会いしたいわ~」、「今度デートしてくださいね~」などという夜の蝶からの誘いまでホイホイ真に受けて大変なことになりそうだ。

あくまで「時と場合による」という当たり前のことも自分に言い聞かせないとダメである。

でも、こんな画像の女性にそんなことを言われると、すぐに信じたくなってしまうから困ったものだ。

そんな調子じゃ変な壺とか消火器なんかを売りつけられてオレオレ詐欺にも引っかかりそうだから気をつけよう。

2016年7月15日金曜日

イギリス イタリア 旅の雑記帳


最近は目新しいことや色っぽいこと?もないので今日もまた旅行の話を書く。

ブログは自分にとっての備忘録みたいなものなので御容赦いただきたい。

今回の旅もそうだが、ヨーロッパ方面の旅を計画する場合、空港と市街地の距離が気になる。パリなどは空港と市街地がやたらと遠いからウンザリする。

空港から目的地が近い方が楽である。旅の精神衛生上?大事な要素だ。

今回も貯まったマイルを使った無料航空券を手配したのだが、行きも帰りもとにかく羽田便にこだわった。成田空港のように都民を愚弄したかのような立地の空港を使うとイライラする。

ついでに言うと行きも帰りも夜便にした。退屈だから寝られる時間帯の方が良い。睡眠導入剤のおかげで12時間のフライトなのに、行きは小さい豚丼だけ、帰りはうどんしか食べなかった。


ロンドンのヒースロー空港は、街の中心から極端に遠くないのが嬉しい。エアポート特急でターミナル駅まで15分程度だ。

私も悩まず使う予定だったが、出発前にネット情報でお手軽な空港送迎専門のタクシー業者を知ってそちらを使った。

http://www.blackberrycars.com/

エアポート特急で駅についても、スーツケースを持つ身としてはそこからタクシーを使うことになる。そうなると合計すれば割安タクシーの料金とさほど違わない。だったらタクシーである。私のヘタレた語学力でも割と簡単にネット予約できた。

イタリアに移動する日も、空港まではこの業者を使った。ロンドンのホテルスタッフに電話予約してもらってスムーズに手配できた。空いている時間帯なら30分程度の所要時間だ。オススメです。

イタリアもミラノやローマは空港から市街地までが遠い。イヤである。今回、ロンドンから飛んだボローニャも帰国する際のフィレンツェも空港と市街地の距離はタクシーで15分程度である。とても楽チンだった。

その昔、フィレンツェといえば他の大都市から特急で行くパターンが多かったようだが、街のそばにある小さな空港が年々充実してきたようで、これを使えばかなり便利である。


日本の地方空港のような規模で、迷いようがないし、歩く距離も短い。帰国便はフランクフルト乗継ぎだったのだが、荷物もスルーで羽田まで預けられた。万事OKだった。画像は空港内唯一?のカフェで食べたラザニアだ。

さて、靴以外に買物の予定は無かったのだが、やはり旅先ではどうでもいいものが欲しくなる。


Mr.ビーンのTシャツやロンドンバスのミニカーを買ったが、果たしてそんなものを買う必要があったのか今だに謎である。このTシャツ、4千円ぐらいした・・・。

旅行計画を立てるまで知らなかったのだが、「イングリッシュ・ブレックファスト」は知る人ぞ知るウマいものらしい。

「イギリスで美味しい食事がしたければ1日3回朝食をとればいい」という格言?もあるとか。素敵なイヤミである。

残念なことに毎朝のようにホテルの部屋で「赤いきつね」や「どん兵衛」をすすっていたので、本場のフルブレックファストを味わうチャンスを逃してしまった。食い意地の張った私としたことが大失態である。


これはロンドンからイタリアに飛んだ日のブリティッシュエアーの機内食である。朝っぱらのフライトだったので一応イングリッシュ・ブレックファストである。

機内食は基本的に好きではないので、いつもはパスすることが多いのだが、これは妙にウマかった。ソーセージ、ベーコン、オムレツ、焼きトマトまで美味しかった。つくづく現地でカップ麺ばかり食べていたことを悔やむ。


お次の画像はボンドストリート駅から程近い「Burger and Cocktails London」という店で注文した一品。「一番デカいのを持ってこい」と言ったら出てきたヤツである。

非常に美味しかった。肉の焼き加減、ソースの味ともに抜群。界隈にハンバーガー屋がいくつかあったが、この店も結構な人気店だったようだ。

話は変わる。今回の旅で難儀したのがホテルでのタバコである。ロンドンではホテルは全面的に禁煙らしく、フィレンツェでも全館禁煙ホテルだったせいで、アレコレと高校生のように工夫をこらして過ごした。

ヨーロッパは路上喫煙天国のくせに室内はほぼ100%禁煙である。一歩外に出れば老いも若きも男も女もくわえ煙草バリバリだ。

街中にあるゴミ箱にも灰皿が付属しているほど喫煙天国なのに室内は徹底してダメ。そのギャップに戸惑った。

ロンドンのホテルでは部屋の窓もチョッピリしか開かないのでコッソリ喫煙するのも難しく「タバコ吸ったら200ポンドの罰金取るぞ!」という脅しの紙が置いてあって私をイラつかせた。

小心者の私は、仕方なく部屋の近くの従業員専用扉から出入りする変な屋外荷物置き場で田舎のヤンキーみたいな姿勢でタバコを吸っていた。二度ほど従業員に注意された。

フィレンツェのホテルでは、運良く外装工事中の足場が部屋の外側にセットされていたので、窓からエッチラオッチラ外に出て、とび職のオッサンみたいな感じで足場にしゃがんで街を眺めながらスパスパした。

50歳の男としてはかなりヘンテコな姿である。

そういう不都合な状況に追いやられるたびに禁煙しようと思うのだが、それはそれで世の中の流行に踊らされているみたいでシャクである。

さてさて話がまとまらなくなってきた。

その他、印象的だったことのひとつが、ロンドンの巨大デパート「ハロッズ」のデパ地下がオシャレだったこと。



イートインの店もウマそうなラインナップが揃っていたので、一人旅などでまともなレストランに入りにくいような時には利用価値大だと思った。

魚屋さんもイナセな?衣装に身を包んだ店員が働いていて、そんな光景を眺めながらブラブラするのも楽しかった。

旅行中にイスタンブール空港やバングラデッシュでのテロ事件が起きたせいもあってか、空港などの警戒態勢の物々しさも印象的だった。


昔からアチコチ旅行してきたが、確実に世界が物騒になっていることを肌で感じる。懐古趣味ではないが、昔はもっと鷹揚だった。今のように機関銃をごく普通に目にするようになった現実がとても残念である。

というわけで、旅関連の話で4回も更新してしまった。お付き合いいただき有り難うございます。

2016年7月13日水曜日

「Nowhere Man」 ロンドンタクシー


♪ ロンドン、ロンドン楽しいロンドン
愉快なロンドン、ロンドンロンドン ♪

その昔、一世を風靡した得体の知れないCMである。

https://www.youtube.com/watch?v=6nnUM85dhNA

このCMのイメージ通り?にロンドンは楽しく愉快なところだった。

今回の旅はもともとロンドンだけの滞在を考えていたのだが、ガイドブックを見ても惹かれるものがなかったので、後半はイタリアに行く予定にした。

でも実際に行ってみたロンドンは妙に居心地が良くて、もっと長く滞在したかったと少し後悔している。



ほんの3日ちょっと過ごしただけだから分かったようなことは書けないが、あてもなく街を散策するのが好きな私としては、ロンドンの空気感がとても快適だった。

晴れていてもすぐ雨が降り出す、建物の色合いが暗めで重い等々、活字にしてしまえばネガティブなイメージだが、小雨に濡れる街並は何ともいえない風情があったし、重い色合いの景観も中年男から見れば上質な重厚感に映った。


あくまで直感的な印象だが、私としてはヨーロッパの大都市の中ではパリよりロンドンの方が好きかもしれない。男好み、オッサン好みの街だと感じた。

今回泊まったのは「The Mandeville」。マンデヴィルホテルである。小粋なエリアとして人気のメリルボーン地区にある四つ星ホテルだ。

ロンドンのホテル物価は世界的に見て異様に高い。ホリデイインあたりで平気で4~5万円もする。

ビジネスホテルに毛が生えたようなホテルに5万も出すなら、リッツの一番安い部屋に7万円ぐらいで泊まった方がマシかもしれない。


そんなことを考えて出発直前まで宿泊先を決められずにいたのだが、出発2日前ぐらいになって某海外ホテル予約サイトの“直前大幅値引”を発見。マンデヴィルホテルをゲロ安料金で手配した。

かなりの割安感のせいで少し不安に思いながらホテルに到着。ところが、四つ星の看板に偽りはなく、綺麗だし、ホテルスタッフは丁寧だし、非常に快適だった。

ホテル周辺は南に2~3分歩けばロンドン中心部の目抜き通りであるオックスフォードストリートに出る。地下鉄駅も近い。

北に2分ぐらい歩けば、地元のサラリーマン愛用のパブや飲食店が集まっているエリアに出る。何をするにも便利だった。



毎日夜の早い時間から周辺のパブは大賑わい。有楽町のガード下みたいに仕事終わりのオッサン達がべちゃくちゃ語り合っていた。誰もが流ちょうな英語をしゃべっていた。

食事もホテル近辺で選択肢がいくつもあった。繁盛していたイタリアンは真っ当だったし、インド料理屋は美味しくなかったが、コメが食べられたからセーフ?である。



さて、イギリスといえばビートルズである。街歩きをしながらiPodでビートルズばかり聴いていた。

小雨の街を眺めながら「Nowhere Man」をリピート再生して、ひとり悦に入る。それにしても50年以上前の曲がどうしてこんなに斬新なんだろう。おまけにジョンレノンは25歳でこんな世界観の曲を作ったのだから驚異的である。

https://m.youtube.com/watch?v=yRv34Cat3Vw

ビートルズグッズを売っている土産物屋にもわざわざ地下鉄を駆使して出かけた。ビートルズマニアではない私にはチンプンカンプンなグッズも多かったが、ボールペンやギターピックなど手軽に買える記念品を買う。

地下鉄が使いやすかったのも印象的だ。初めて訪れた街では、地下鉄の乗り方に困ることが多いが、ロンドンでは切符を買うのも路線を乗り換えるのも簡単だった。連日
、縦横無尽に活用した。



移動の足といえばロンドンタクシーを忘れてはならない。個人的に思い入れがある乗り物である。

子供の頃、渡英していた祖父からロンドンタクシーのミニカーをおみやげにもらった。当時、クルマ好きだった祖父はロンドンタクシーが気に入ったようで大真面目に個人輸入を考えていた。

実現はしなかったが、その後もロンドンタクシーの話を聞かされたから、私の中でロンドンタクシーは特別な乗り物として記憶されていた。



ずんぐりむっくりした愛らしいスタイル、やたらと広い後部座席スペース、山高帽をかぶったままでも大丈夫な天井の高さが特徴である。実際に乗ってみたら個人輸入して運転手さん付きで乗りたくなる気持ちがよく分かる。

今では日本でも買えるらしい。近年は日産製の車両もロンドンで活躍しているようで、祖父が欲しがっていた頃とは隔世の感がある。

ロンドン滞在中、靴屋めぐりばかりだと破産するので少しは観光っぽいことにも挑んだ。



バッキンガム宮殿の衛兵交代は鬼混みだと聞いたので、さほど見学者がいない「馬交代」を見たり、その他はナシャナルギャラリーで絵を見たぐらいである。いつかまた訪れたらじっくり観光もしてみたい。

そうそう、フィッシュ&チップスのことにも触れねばなるまい。イギリスに行った以上、話の種に食べないわけにはいかない。

白身魚の揚げ物にタルタルソースをつけて食べるだけである。添え物は芋だ。そんなもので旅先の貴重な一食を終えるのは残念だ。と、言いたいところだが、カップラーメンをいくつも持参した私がそんな生意気を言ってはいけない。


で、料理にもこだわっているような雰囲気を醸し出していたパブに突入してみた。さすがにロンドンのパブである。わんさかビールが揃っている。3種類ほど飲んだがどれもウマい。


フィッシュ&チップスにも期待が膨らんだが、世の中そう甘くはなかった。純粋にマズかった。魚自体に臭味はないのだが、下処理のせいか何となくヌルっとしている。

おまけに肝心の揚げかたが悪い。油が悪いんだか、揚げ加減が悪いんだか、すべてが悪いんだか、お手上げ状態だった。

酢をかけて食えと言われたのでやってみたが、余計にマズくなった。イヤガラセみたいな感じだった。

それまで、マトモな食事にありついていたせいで「ロンドンの食」は世間で言われるほど悪くないと思っていた。でも、王道料理であるフィッシュ&チップス様が、そんな油断をあざ笑うかのように私に現実を突きつけてきた。

「さすがだロンドン! 甘く見てたぜ」。

店を出る際につぶやいたセリフだ。でも、そんな体験こそが旅の楽しみだと思う。

映画で有名なノッティングヒルも散策してきた。ロンドン中心部の重厚な感じに比べると少しライトな印象で女性が喜びそうな可愛い雑貨屋やカフェがいくつもある。



1年に35回ぐらい「ヒュー・グラントに似てますね」と言われる私だから街歩きを楽しんでいるだけでジュリア・ロバーツのような美女と恋に落ちるのかと思ったが、ちっともそんな気配はなかった。

長くなったので、そろそろまとめに入ろう。

中年になってからヨーロッパ方面に出かける機会が増えた。イタリアやスペインにとくに惹かれるが、天下の大都市であるパリやロンドンもさすがに面白い。

個人的な印象では、パリが女性的な雰囲気を感じる街だとしたら、ロンドンは男性的なイメージだ。

ちょっと覗いただけだから説得力はないが、あてもなく街歩きをした印象としてはそんな感じである。

誰かと行くならパリ、一人で行くならロンドン。ちなみに、一人でロンドンを散策してからパリで誰かと落ち合うっていうパターンが私には理想的かもしれない。

2016年7月11日月曜日

靴バカ一代 ロンドン編 ポンド暴落 ジョンロブ激安


10年近く続けているこのブログで、ページビューが一番多いのが、5年前の7月に載せた「靴バカ一代・パリ編」である。なぜか直近1ヶ月のページビューも1番多い。ちょっと不思議だ。

http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2011/07/blog-post_22.html

世の中、靴の話に興味がある人が多いはずもないだろうから、トラックバックとかシェアみたいなネット特有の“拡散”のおかげで多くの人様の目に触れているのだと思う。

ということで、今日は「靴バカ一代・ロンドン編」である。「パリ編」から5年、その間もヨーロッパには行ったが、単純に靴を買うことを目的に出かけたのは5年ぶりだと思う。


ご存じの通りイギリスのEU離脱問題で突然ポンドが暴落した。昨年なら1ポンド190円ぐらいの時もあったが、130円まで急降下である。190万円が130万円である。

おまけにイギリスでは6月後半からセールが始まっていた。円高プラス大売り出しである。大変?である。普段、東京ではあまり買物をしない私も一気に物欲太郎に変身だ。

ヨーロッパならついついイタリアかスペインに行きたくなって、靴を買うなら世界中の名品が集まるパリに行けばいいというのが私の固定観念だった。

でも、靴好きを自認する以上、大英帝国・ロンドンを探索しないとダメな気がして、マイレージをせっせと貯めた特典航空券で旅に出ることにした。

ロンドンは30年ぐらい前にいわゆる団体ツアーで通過したぐらいで実質的には初訪問である。

とくに見たい観光名所もなく、食べたい料理もなかったので、事前に調べたのは名門紳士靴の店舗所在地ぐらいである。



で、まるまる3日間、随分と靴屋を回った。ジョン・ロブ、エドワード・グリーン、クロケット&ジョーンズ、チャーチ、トリッカーズ、ガジアーノ&ガーリング、ジョージ・クレバリー、フォスター&サン、バーカー、チーニーを始め、ウェストン、ベルルッティなど英国靴以外の店まで探索した。

ジョン・ロブは別格を気取って安売りはしないのだろうと勝手に想像していたのだが、ところがどっこい、結構な数のセール品が用意されていた。

ポンド安のおかげで、そもそもの定価が日本の半値近くなのに、セールだと3分の1以下で買えたりする。


サイズが合う靴があまり残っていなくて正直ホッとした。あんな値段だったらサイズさえ合えば買い過ぎ確実である。

これはエドワード・グリーンも同じ。売れ線のサイズは残り少なくなっていたので、残念と安堵が混ざったような変な感覚だった。

まさにエセ富豪である。


印象的だったのはガジアーノ&ガーリング。「背広」の語源にもなったといわれる紳士御用達の通りである「サヴィル・ロウ」にカッコいい店を構えていた。吉田茂や白州次郎もスーツを仕立てたというサヴィル・ロウである。

エドワードグリーンの派生品という私が抱いてたイメージよりも物凄くスタイリッシュな靴がズラリと揃っていて圧倒された。

セールをしない高飛車な感じもどことなく孤高な雰囲気を漂わせていて、英国版ベルルッティ的とでも表現したくなる雰囲気だった。

値付けもジョンロブより3割以上高め。徹底的にアッパー層をターゲットにした戦略だ。ロールスロイスやベントレーがゴロゴロ走っているロンドンだから、マニアックな高級品というポジションを狙っているのだろうか。

セール品を必死に探すような客など眼中にないようだ。クラス分けというか階級社会が厳然と存在するイギリスならではの一つの在り方だと思う。結局、ここでは買わなかった。いえ、買えなかった。

さてさて、ロンドンの靴屋といえばジャーミン・ストリートである。サヴィル・ロウとともに「紳士が集う通り」である。


ロンドン1の大繁華街・ピカデリーサービスの1本裏手にあるちょっと地味な通りだ。地味とはいえ並んでいる店は世界的な知名度を誇る老舗ばかり。ラフな格好では入るのをためらうような紳士モノの店がズラリ。

靴屋にしてもジョン・ロブやエドワード・グリーン、そのほか先にあげたメーカーの大半がこの通りに店を構える。気をつけないと破産してしまう地獄の一丁目、ピーピー通り、金欠通りである。

いや、肝試しストリートって感じだろうか。財布が空っぽになりそうで本当にヒヤヒヤする。

ロンドンには朝のうちに着いたが、時間が早過ぎてホテルにチェックインできず、ふらふらしながら、早々に、いや勢いでジョン・ロブやエドワード・グリーンを購入。

そのせいもあって、その後はやや落ち着いて?街歩きを兼ねた靴屋めぐりに精を出した。最高気温が20度になるかならないかぐらいの気候だったから散策にはもってこいである。

凄く気に入った靴もすでにいくつか手に入れていたし、その後はそこそこ余裕をカマしてぶらぶらしていたのだが、何気なく覗いたデパートの靴売り場でビックリ仰天した。


バカでかいデパート「ハロッズ」でもセール商戦真っ只中で、紳士靴売り場も画像のようにワゴンセールを展開していた。

カジュアル靴が中心だったが、じっくり見ればしっかりした革靴も結構揃っている。

で、なんとなく見ていたらジョン・ロブも混ざっていた。「ワゴンセールにジョン・ロブ」という事態はニッポンの靴好き男にとっては目を疑う光景である。

ジョン・ロブの店舗は、丸の内でもパリでも、はたまたロンドンでも、どこかスノヴィッシュというかクールな雰囲気で、オバチャン達が暴れていそうなワゴンセールとは相容れないイメージがある。

おまけにヘンテコな色や奇抜なスタイルの売れ残り商品というわけでもない。私としては一大事?である。キツネにつままれたような感覚で自分のサイズを探す。

幸か不幸か気に入った靴がいくつか出てきた。一応悩みかけたが、内外価格差を考えれば悩んでも仕方がない。買う。ジョンロブのプレステージラインが日本の定価の3分の1以下だった。ハロッズ、恐るべしである。

EU離脱騒動がもたらしたある意味で歴史的な珍事である。ロンドンから離れたノーザンプトンの工房まで出かけてリジェクト品を安く買うことも考えていたのだが、そんな労力をかけるまでもなく良いものが手に入った。帰国した今になってもっと大量に入手しなかったことを後悔している。

そのあたりが私の器の小ささである。大勝負に出られないシミったれた性分が残念だ。30年以上前の水準にまで陥ったポンドの相場がいつまでも続くとも思えないから、中国人になったつもりで爆買いするのが経済原則にのっとった常識だったはずだ。



結局、極めて特殊な状況を認識しきれていなかった私は、いままでと変わらね漠然と決めてある予算の中でしか物事を判断出来なかったわけだ。

それでも自分としては充分に散在しちゅうわけだから、頭の中で常に変な言い訳を考えてしまう。

わざわざ持参したカップラーメンを何度も食べた分だけ食費が浮いただの、ホテルリッツに泊まらなかったからホテル代が浮いた等々、わけのわからない屁理屈が財布のヒモをゆるめてしまうわけだ。

ちなみに海外の靴屋情報は、ネットにあふれる見知らぬ人々のブログや旅行記を参考にさせてもらうことが多い。

私も日頃の感謝を込めてブロガー?として靴好きの皆様に情報を発信しないといけない。

「セール時期のハロッズにはジョン・ロブだってワゴンセールしてまっせ」

さすがにガイドブックには書いていない情報である。同好の方々は機会があればぜひムホムホ気分を味わっていただきたい。


そんなこんなで新しい靴をいくつか購入した。新調品を眺めているのも楽しいが、新入りのおかげで今まで履いてきたお気に入りの靴達の寿命が伸びるのが嬉しい。

「良い靴は特別な場所に導いてくれる」

そんな格言を信じればこその靴集めである。

ちなみに、今後は時計も買わない、車も買わない、船も買わない、飛行機も買わないと決意している。

そう考えたら靴の値段ぐらいでオドオドすることはない。

これまた屁理屈のような言い訳である。