2016年12月30日金曜日

マイル


年末年始の休みはマイルを使った無料航空券でどこかに高飛びしようと企んでいたのだが、ちょっとした油断でダメになってしまった。

国際線の無料航空券は96時間前までに予約するというルールを忘れて、せっかく空席を見つけたのに時間切れでアウトである。

マイルを使った無料航空券は結構ギリギリになってから空席枠が出てくる。私の経験では搭乗したい日の1ヶ月前ぐらいから割と空きが出てきて、10日前ぐらいになると売れ残り処分のように空席枠が増える。

深夜便でヨーロッパに行こうと羽田発のロンドン直行便に狙いを定めた。帰国便はロンドン発羽田行きの夜便に空席があるのを把握していたので、行きのチケットに空席が出るのをマークしていたわけだ。

乗継ぎ便なら空きはあったのに直行便を狙ってギリギリまで粘ったのが失敗だった。ようやく希望便に空きが出たのを確認して予約しようとしたらタイムアウトである。余裕ぶっこいて図々しく粘りすぎたせいで計画がパーになった。

やはり何事も呑気に構えていてはいけない。

私がせっせと貯めているマイルはANAである。ANAマイルの場合、ルフトハンザ、ユナイテッド、タイ航空、シンガポール航空、オーストリア航空などが加盟する「スターアライアンス」加盟の飛行機にタダ乗りが出来る。

ヨーロッパ方面だったらJALが加盟している「ワンワールド」よりも使い勝手がいいと思うので、今ではANAマイルに絞って必死に貯めている。

もろもろクレジットカードを持っているものの、たいていはANAカードを使う。使った分だけ自動的にマイル加算される。

2番目に使うことが多いダイナースカードも利用実績に応じて貯まるポイントをANAマイルに移行するようにしている。おかげで割とバンバン貯まっている。

今年も一度もANA便に有料で乗らなかったのに10万マイルほど増えた。なんだか航空会社には気の毒な気もするがせっかくの仕組みは使い倒した方がいい。

その昔、少しでも安いチケットを探して右往左往していたことを思えば旅の仕方も随分と変わった。

20年近く前にマイレージサービスが普及し始めた頃、せっせとノースウェスト航空のマイルを貯めた。でも、一部の路線しか飛んでいなかったから使い切れずに失効した思い出がある。

1社のマイルを貯めれば連携する各航空会社にタダ乗りできちゃう現在のシステムは物凄く有難い。おかげでここ5,6年、海外に出かける時は無料航空券専門になった。

格安航空券を探しても長距離のビジネスクラスはさすがに高い。エセ富豪としては気軽に買える値段じゃないから無料航空券のお世話になっている。

だからマメにマイルを貯めるために血眼になって?日々奮戦しているわけだ。


食料品の買い出しを始め、日用品や飲食代からタクシー代、光熱費の引き落としに至るまでクレジットカードを使いまくっている。

ラブホテルだろうとSMクラブだろうとソープランドだろうと(もし行くとしたら!)カードが使えるところにしか行かない。

スマホのお財布ケータイみたいな機能も捨てがたい。あれも結局クレジットカードから引き落とされる仕組みだ。

すなわちコンビニでガムを買ったり、週刊文春を買ったりタバコを買う際もスマホをかざして支払えば自動的にマイルが貯まるわけだ。

われながら実に涙ぐましい努力?である。スカした顔してビジネスクラスでシャンパンを飲んでいる陰では、日夜コンビニのプリン代ですらマイルにつなげようという努力?があるわけだ。

貯まりまくったマイル残高を見ながら来年はどこに飛んでいこうかとアレコレ妄想している。

★今年の更新はこれでオシマイです。来年は1月6日から再開します。

2016年12月28日水曜日

「赤い運命」


ここ2,3年の間にテレビっ子のようになってきた。家でテレビを見ている時間がやたらと増えた。隠居の家相?のせいだろうか。

人生何度目かのシングルライフのおかげで昔に比べると誰にも邪魔されずにマイペースで好きな番組を楽しめる。

以前はあまり興味がなかった連ドラも結構見ている。今年は「真田丸」や「とと姉ちゃん」を夢中になって見たし、娘と話を合わせようとジャニーズの人々のドラマもいくつか見た。

ハマったのはNHKお得意の「中年女性色恋モノ」だ。NHKのドラマは民放に比べると独特の落ち着き感がある。

私が今年見たNHKドラマはそれぞれ主演がハセキョー、石田ゆり子、観月ありさ、原田知世である。さすがに若者向けドラマとは違う。時にフムフムうなずきながら楽しんだ。

そりゃあ確かに有村架純ちゃんやガッキーの可愛い笑顔も貴重だが、ドラマでスッタモンダする人達はもっと大人のほうがシックリくる。

基本的には録画して鑑賞する。そのほうが途中でトイレにも行けるし、民放だったらCMにイラつくこともない。


先週、インフルエンザで家でゴロゴロしていたおかげで昔の名作ドラマに遭遇した。山口百恵の「赤い運命」である。BS-TBSで平日の昼間に放送中だ。

私が小学生の頃に放映されていた大ヒットドラマである。アイドルを主役に据えた安直な作りのドラマかと思っていたのだが全然違った。実に面白い。昭和っぽい濃厚かつ本格的?なドラマだ。

イマドキのドラマは全10回程度の放映回数が普通だが、あの頃はもっと長期間にわたって放送されていた。「赤い運命」は全28話である。今のドラマの2クール分よりも長い。

Wikipediaによると平均視聴率は23.6%、最高視聴率は27.7%だったそうだ。現在では考えられない怪物番組だ。伊勢湾台風のドタバタの中で取り違えられてしまった子供の運命をめぐるドロドロの話である。

主演の山口百恵は当時17歳。薄幸な少女役が抜群なのだが、主演以外の俳優陣がこれまた凄い顔ぶれ。そのせいもあってアイドル作品みたいな匂いが薄いのだろう。

三國連太郎のヤサグレ感が半端ない。釣りバカシリーズの「スーさん」しか知らない人が見たら卒倒しそうなほどオドロオドロしい雰囲気を醸し出している。

カウンターパート的な位置付けの宇津井健は東京地検の中堅検事役。大真面目な人物。三國連太郎のワルっぽさとの対比が素晴らしい。その周りを有馬稲子や前田吟、池部良あたりが固める。


更にいえば岸田今日子が快演し、志村喬まで出ている。まさに名優揃い踏みでお腹いっぱいって感じだ。

昭和元禄などと世の中が浮かれ始める前の「キチンとした昭和」が描かれている。
全体的に丁寧に作り込まれた感じもまた良い。

ストーリーも思ったより複雑で今のドラマのような分かりやすさとは一線を画している。一生懸命見ないと内容が分からなくなっちゃうほどだ。

「赤い運命」が放送されていた頃は、刑事ドラマといえば「太陽にほえろ」だったし、お笑い番組はドリフだった。日曜はみんなが「笑点」や「サザエさん」を見ていた。

ビートたけしを中心とした「ひょうきん族」が一世を風靡する前の時代だ。まだトレンディードラマも生まれてなかったし、“バラエティー番組”という呼称自体が存在しなかった。

アイドルがコント番組に出始めるのはまだまだ先の話で、お笑いの人はあくまでお笑いだけ。ボーダーレスのような今の時代とは異質な線引きがあった。

アドリブ的面白さがウリの現在とはだいぶ様相が違っていた。良し悪しは判断できないが、やはり昔のほうがどこか地に足が付いていたように感じる。

さて「赤い運命」の話である。たまたま見たのが第13話ぐらいだったのでまだまだ中盤戦だ。迷わず自動録画設定のスイッチオンである。

残り15回ぐらいある。前半のストーリーはネットで調べて把握済みだ。これから修羅場がガンガンやってくるみたいだ。ワクワクする。

年末年始の楽しみが出来て妙に嬉しい。ちっぽけな喜びだが・・・。

2016年12月26日月曜日

タミフルのおかげ


インフルエンザにやられてしまった。何年ぶりだろう。年末に大迷惑な話である。

予防接種もしていたし、発症前にタミフルをもらっていたので大したことはなかった。

とはいえ大阪に行く大事な予定をキャンセルしたり予定が大幅に狂ってしまった。災難である。

感染源は愛しい娘である。だから怒りのぶつけようがない。一応、気にするだろうから娘には内緒にしてある。

ある週末、娘が泊まりに来た。一緒に買い物に行ったり楽しく過ごしていたのだが、突然、娘が熱を出したから優しいパパとしてあれこれ世話を焼いていた。ひと晩寝ても夏が下がらないから病院に連れて行ったらインフル判定を食らった。


娘が帰ったあとの週明けの月曜、会社の近くの医者に血圧の薬をもらいに行ったついでに念のためタミフルをよこせとお願いした。

予防投与の場合、アーだのコーだのうるさいことを言っていたが、強引に処方箋をもらって何も症状もない段階で飲み始めた。

翌朝から案の定、発熱スタート、まあどう考えても移っちゃうような時間を過ごしたので仕方ない。職場に菌をばらまくわけにもいかず、自宅謹慎状態。

運の良いことに事前のタミフルの効果はかなりのもので熱もせいぜい38度台。だいたい37度台だったのでヒーフー言いながら寝込むほどでもなく、ものの2日ほどでラクになった。タミフル万歳である。

さほど高熱でもない自宅軟禁だったからやたらとテレビを見た。バカになるんじゃないかと思えるほどいろんな番組を見た。

通販番組まで見た。フライパンやら暖っか毛布を買いそうになるがギリギリでやめた。もう少し熱があったらボーッとしたまま買ってしまったと思う。

録画したままになっていた忠臣蔵関係の映画やドキュンメンタリーを全部消化できたのが個人的には嬉しかった。

50年ぐらい前の東映の「赤穂浪士」、大映の「忠臣蔵」もじっくり見比べた。前者は片岡千恵蔵、後者は長谷川一夫主演の大作である。

テレビが普及していない時代の映画隆盛期の大作だけにそりゃあそりゃあ面白い。現在毎年のように作られる数々の忠臣蔵モノの原点みたいなものである。

里見浩太朗や松方弘樹あたりも若輩者の役で出てくる。今あの人たちが時代劇で別格の輝きを見せるのも当然だろう。あの時代のスターに揉まれていたわけだから別格だ。

それにしても昔の「時代劇専門のスター」は存在だけで神々しい。片岡千恵蔵と市川歌右衛門(北大路欣也のパパ)が向かい合って無言のまま思いをぶつけるシーンなど身震いしちゃうほどの迫力だ。世界遺産レベルだと思う。

東千代之介、大友柳太朗、黒川弥太郎、萬屋錦之介、市川雷蔵もカッコいい。まだまだ若手時代の鶴田浩二も勝新太郎もいい。いまどきの俳優のような爽やかさとは無縁の濃さが独特だ。

忠臣蔵に興味のない人には退屈な話題ですいません。

それにしても今年は娘とやたらと関わりが深い一年になった。

別々に暮らす様になって4年ほどたったが今年はかつてなく濃い付き合いが出来て父娘の絆も新たな段階に入ったように感じる。

プレゼントもいろいろもらった。お酒にポロシャツ、手紙なんかも貰った。全部宝物である。

そして年内最後のプレゼントがインフルエンザである。よりによって菌だ。

そんなものまで愛おしく感じたバカ親の年の瀬である。

2016年12月21日水曜日

牛肉と闘う 六本木「Kintan」


ステーキという言葉を聞いただけでヨダレが出ていた頃が懐かしい。いつの間にかすっかり牛肉を敬遠するようになった。

元気なお年寄りはステーキを食べている。勝手な思い込みだが多分間違っていない。私のように50歳やそこらでステーキから逃げているようでは長生きできないような気がする。


ステーキに限らず、牛肉をワシワシ食べる人はエネルギッシュだと思う。「水炊き」を食べているオヤジより「すき焼き」を食べているオヤジの方が強そうなイメージがある。

「いきなりステーキ」というチェーン店が流行っているが、職場の近くの店舗の前を通るたび結構な歳のオッサンが嬉しそうに肉に食らいついている姿が目に入る。

「ゆで太郎」で蕎麦をすすっているオッサンよりいろんな面で強そうに見える。見習わねば。

銀座の酒場で時々見かける「北方謙三」だって毎日ステーキを食べていそうな雰囲気を漂わせている。

ああいう渋くて濃い雰囲気のオヤジになりたい私にとって、日々の暮らしに欠けているのは「牛肉」だろう。来年は心を入れ換えてステーキをガシガシ食べるようにしよう。

私が割と頻繁に食べたくなる牛肉といえば「牛丼」だが、あれは出がらしみたいな肉片の集まりだ。米が主役ともいえる。


焼肉屋に行くことはあっても、チャンジャやチジミ、チャプチェあたりをつまみに焼酎を飲んでいる。肉は一切れ、二切れ程度で、ヘタすると鶏肉を注文しちゃう。

肉も少しは食べるが、ホントは赤身肉しか食べたくない。でも同行者から「セコいヤツだ」と言われそうだから霜降り肉をオーダーしたりする。

しゃぶしゃぶ屋に行っても、赤身肉ばかり注文すると「こいつビンボーなのか?」と思われそうだから頑張って霜降り肉を頼む。

そんなアホみたいな見栄のせいで牛肉がどんどん苦手になる負のスパイラル状態に陥ってしまう。

洋食屋さんのビーフシチューが名物だと聞いても、タンシチューに逃げるし、カレーだってビーフではなくチキン優先である。

ちょっとだらしない。

若い頃は深夜にひとりクルマを飛ばして焼肉屋に乗り込み、カルビ4人前とドンブリご飯をかっ込んでいたのに今ではシャバダバである。

一生分の牛肉を食べちゃったのかと思うほど牛肉と縁遠くなった。ここ最近どうも活力が湧いてこないのも牛肉欠乏状態が影響しているのかと思えるほどだ。

先日、六本木の牛肉屋?で会合があった。「Kintan」という店の洒落た個室でコース料理である。赤坂などにある「金舌」という牛タンをアレコレ美味しく料理する店の系列だ。

「金舌」では牛タンの煮込みみたいな酒のツマミにバッチリな料理が揃っていたので大いに期待していたのだが、ローマ字表記のこちらの店は純粋に焼肉屋だった。

上等な肉がアレコレ出てくるのだが、当然すべて牛肉だ。みなさんジュージュー焼いてガシガシ食べているが、ヘタレた私はなかなか箸が進まない。

別注でシュリンプカクテルを頼もうとしたのに品切れ、他の一品料理も牛肉系ばかり。ちょっと困ってしまった。完全に敗北ムードである。


この画像は、コースの後半に霜降り肉を卵黄に混ぜて一口サイズのご飯をくるんで食べさせる店のハイライト?である。

確かにウマい。ウヒョ~って感じなのだが、一口サイズだからウマいのだろう。こんなものを2枚も3枚も食わされたら重くてダメだ。

私の身体の中で牛肉をやっつける消化酵素が消滅しちゃっているのだろうか。

10年ぐらい前は、牛肉をガツガツ食べなくなった自分を逆に“通っぽい”と感じていた部分もあったのだが、今は危機感しか感じない。

牛肉ごときに負けているようではダメである。活力が湧いてくるはずもない。

まずは「いきなりステーキ」に入ってみようと思う。

2016年12月19日月曜日

オシャレは厄介


中高年紳士のオシャレは「適度」が一番である。あまり頑張りすぎると痛々しいし、無頓着すぎるのも情けない。

まあ、そうはいっても「適度」は人それぞれ違う。裸足で紫の革靴を履いて金色の帽子をかぶっていても本人にとっては適度なオシャレに過ぎないかもしれないし、ネクタイを締めるだけで物凄くオシャレをした気分になる人もいる。

洒落心は人によってそれぞれだ。無地の濃紺のスーツだけを2~30着持つのもオシャレへのこだわりだし、色違いで同じ服ばかり揃えるのだってこだわりだ。

私自身、頑張ってオシャレに励むのは小っ恥ずかしいと思っているくせに、日々それなりに洒落心をアピールしている。


スーツの袖ボタンを多めに付ける程度のシャレっ気だが、正直に言えばこれだって仕立て屋さんが勧めてくれたことをさも自分のこだわりのようにしているだけだ。

以前にも書いたが、スーツ姿の場合、胸ポケットにチーフを突っ込んでおくだけで「身だしなみに気を使っている人」という演出効果がある。

それだけで地味なスーツでも感じは変わる。布きれ一枚で世間様から「ちゃんとしている人」と見てもらえれば儲けものである。

ネクタイやシャツ、スーツの組み合わせに悩むのが面倒だから、私が持っているのはプレーン系というかソリッド系?のものが多い。そのままだと地味すぎるから胸にポケットチーフを入れ始めたわけだ。

スーツもシャツも馴染みの仕立て屋さんに毎度同じ形で作ってもらう。オーダーメイドというと富豪っぽいが、今どきはデパートで売っている「中の上」ぐらいのスーツと同程度の予算でも作れる。

わざわざ生地見本を大量に持ってきてくれて、完成品は届けに来てくれるからラクチンだ。

既製品を買いたくても世の中には小さい服しか売っていないから困る。普通の店に行けば、試着室で自分のデブぶりに哀しい気分になる。ビッグサイズ専門店に行くのもちょっと切ない。

その点、オーダーで済ませちゃえばサイズの点で恥ずかしい思いをしないで済む。精神衛生上とても良いことである。

そういえば「ふるさと納税」の返礼品として全国で使える「スーツお仕立て券」を用意している自治体があった。そこにも寄付をして来年の夏物スーツを事実上タダで作ろうと企んでいる。

オーダースーツの場合、ボタンやら裏地を選ぶのがちょっとメンドーだ。実際にこの部分で変な洒落心を出して後悔することがある。裏地だから見えないと油断して変な生地を選んでしまう。


これってオーダーなんだぜ!というつまらない見栄っぱり心理もあるのだろう。後になって人様に驚かれたりして自分でも気になってくる。

カッコつけて選んだものの、やり過ぎるとヨソ様からは「得体の知れない人」「怪しげな人」と思われかねない。ヘタすると「遊び人イメージ」につながる。

「遊び人イメージ」は女性が最も嫌う要素だとか。そんな印象を持たれてしまったら大損?である。

突き詰めれば、モテたいから凝ってみたのに逆にそれがモテない原因を作りだすという実にトンチンカンな事態につながるわけだ。

さてさて、以前、キャメル色のコートを作った際に、やはりヘタな洒落心を出して襟回りだけを違う色の素材にした。ワインレッドに近い色だったのだが、出来映えが気に入らずほとんど着ないで仕舞い込んでいた。

よく考えれば襟の色が気に入らないだけだから襟だけ付け替えればいいと気付き、さっそく仕立て屋さんにお願いした。


結果、ゲロ安価格でオーソドックスな生地に換えてくれたので今シーズンはちゃんと活躍してくれそうである。

でも、襟元の色がうまくおさまったら裏地の派手さが気になり始めた。黄色がテカテカしている。ロングコートだから歩くたびに「テカテカ黄色」がひらひらしている。

こんな生地を誰が選んだんだろう。私である。反省だ。

裏地も交換できるようなので、近いうちにオーソドックスな色の生地に換えてもらおうと思う。

結局、大改造しなきゃ着る気にならないようなものを注文してしまうあたりが、私のセンスの限界である。というかセンスが欠落しているのだろう。

やはりオシャレは苦手だ。かといって無関心になってもいけない。ダンディーな路線を目指したい私にとって厄介なテーマだ。

2016年12月16日金曜日

かかとが痛い


腰が痛い、膝が痛いというのはありがちだが、「かかとが痛い」というメンドーな症状が私を襲ってきた。迷惑な話である。

この前の日曜日、小一時間の散歩を終えて返ってきたら何となく左足のかかとが痛い。筋肉痛の一種かと思っていたのだが、どうもそれとは違う。

散歩の後に尻の筋肉が突っ張ったように軽く痛くなることはあるが、かかとが激しく痛くなるのは初めてだ。

翌朝になったら痛みが増している。普通に歩けない状態である。こういう痛みは病院に行っても湿布を出されて何もしてくれないのが普通だ。

仕方なく頼みの綱である「謎の整体師」に電話をしてその日の午後に診てもらうことになった。

謎の整体師には10年ぐらい世話になっているだろうか。もともと私の母や兄が信奉?していた人だ。

若い頃の私は「そんなインチキ、アホらしいぜ」などとまったく関心が無かったのだが、ある日、起き上がれないほどの腰痛に襲われた際にワラにもすがる思いで訪ねてみた。

ゴキゴキ、ぐりぐりするようなことはなく、すりすり、とんとんする程度の謎の作業で身体全体のバランスを整えてくれる。

1時間ほど経ったらアラ不思議、すっかり歩けるように快復した。以来、どこかが痛くなったり調子が悪いときに診てもらっている。

腰痛に困っていたときには病院にも行ったが、たいていはコルセットを売りつけられて終わり。ある医者からは「ヘルニアだから手術しなきゃダメ」とまで言われた。

その後、謎の整体師のおかげで腰痛はすっかり治まって今では腰の痛みを意識することは激減した。ヘタに手術なんかしなくて良かったと思う。

腰痛経験のある世の中の中高年の多くが、お気に入りの「謎の整体師」とつながっている。整形外科に通っても改善しなかった人がそれぞれ人づてで相性の良い整体師を探すようだ。

人ぞれぞれ症状は違うため、相性もあるようだが、うまくハマればアッという間にそれまで悩んでいた症状が一気に改善する。

医師の医療行為じゃないから保険は効かない。1回5千円ぐらいはかかるが、効き目を実感できれば安いものである。

つくづく禁煙外来みたいなくだらないものを社会保険の対象にするなら、まっとうな整体治療が保険でカバーされるべきだと感じる。

さて、かかとの痛みである。謎の整体師が1時間半ほど身体を調整してくれたおかげで、その日のうちに痛みは8割方消えて次の日には普通に歩けるようになった。

かかとの痛みに悩む中高年は少なくないようで、ネットで調べてみたら「足底腱膜炎」だとか「踵骨下滑液包炎」だとか「踵骨棘」といったちっとも読めない難しい病名が並んでいる。


今後、くせになっちゃうのが恐いが、謎の整体師に世話になるだけでなく自衛策も必要だろうと、得意の?ネット通販でアレコレ調達してみた。

世の中にかかと保護グッズが山ほど存在することに驚いた。痛みと付き合っている人が思った以上に多いみたいだ。

私にとって唯一の運動が散歩だし、旅に出ればアホみたいに歩き回るのが好きだから「かかと問題」を克服することは私の人生にとって大きな課題である。

それより何より、かかと保護グッズを手放せなくなったら、せっかく大枚はたいて揃えたお気に入りの靴をブイブイ自慢げに履くことも難しくなる。

お気に入りの靴をスカした顔して履いているのが生き甲斐みたいなものだから、それが出来なくなるのはツラい。靴のためにも「かかと完全復活」に精魂込めて向き合わねばなるまい。


なんだかんだ言って、こうやって加齢と付き合っていくうちに全身のあらゆる部位の不具合に詳しくなり、サポートグッズに精通するようになるのだろう。

ちょっとシャクである。

若い頃は、痛いの痒いのといちいちうるさいオッサンにだけはなるまいと思っていたのに、アッいう間にアチコチ痛がっているオッサンが完成してしまった。

心を入れ換えて身体を鍛え直そうと思っている。

その決意が長持ちしないのが一番の問題かもしれない。

2016年12月14日水曜日

一匹狼と独りぼっち


「一匹狼みたいですね」。一人行動が多い私を評してある人が言った言葉だ。大間違いである。一匹狼と「ぼっち好き」では全然意味が違う。

一人行動が好きなことイコール一匹狼ではない。一匹狼を気取るためにはかなりの器量や気概、覚悟、そして才覚も必要だろう。

一匹狼なら誰にも頼ることなく自分の信念に沿って我が道を突き進む。

私の場合、すぐに人に甘えるし、協調すべきところは協調する。いとも簡単に妥協もする。依存心の塊みたいな部分もある。

一匹狼的な生き方に憧れる若者が増えているようだが、ホンモノの一匹狼と単なるワガママや身勝手とは別モノだろう。

若い頃には、いろんな場所でさまざまな人々に揉まれて社会の現実や身の処し方を学ぶ。そこで喜びを感じたり痛い目に遭うことが大事である。

そういう面倒なことから逃げたいだけで一匹狼という言葉を使うのはどうかと思う。単なる逃避であり脱落だろう。

一人酒、一人旅そのほか「おひとりさま行動」ばかりの私だって、節目節目の協調性にはそれなりに自信がある。人とのコミュニケーションだって不得手だとは思わない。

飲み会に行けば場を盛り上げて楽しく過ごすし、合コンみたいな場面ではちゃんとハシャいだりする。寡黙な人を演じようとしても5分で化けの皮が剥がれる。

それはそれである。友達とワイワイ騒ぐのは好きだ。無理して楽しそうにしているわけではない。純粋に楽しい。

とはいえ、一人でポツネンと過ごす時間も大好きである。それだけの話。一匹狼になどなりたくない。そんな無頼な人になるほど勇気はない。

日本人はもともと農耕民族だし、村社会的な共同生活を基本としてきた。あえてそこから脱線するのは単なる跳ねっ返りだろう。

協調性のない人は社会適合性という意味で劣っているのは事実だし、あくまでバランス感覚をどうコントロールするかが大事だと思う。

その上で「ぼっち」を楽しめばいいだけの話。

逆にムダな労力を使って、やたらめったら群れたがるのもヤボだ。誰かと一緒じゃないと行動できないのはいっぱしのオトナとしてはどうかと思う。

一人旅はちょっとハードル?が高いかもしれないが、一人じゃ酒も飲めない、ランチにも行けないとか言われると大丈夫かと言いたくなる。

一人でいるのが好きなことがワガママだとしたら、いつも誰かと行動したいっていうのもワガママだと思う。

考えてみれば、誰だって本来は「ぼっち」が嫌いではない。愛妻家で子煩悩な父親だって、たまたま家で一人になった瞬間にホッと一息ついたような気分になるのがその証だ。

たとえ家庭円満だろうとそこには努力や我慢が必要だし、うまく折り合いをつけることで成り立っている。本音ばかりではぶつかるから時には無理して合わせる。

「ぼっち」の時間にホッと一息ついても、大半の人は「孤独は怖いもの」という刷り込みがあるから結局は誰かと絡むことを選ぶ。それはそれで正しいのだろうが、そこにストレスが生まれると厄介だ。

無理がたたれば身体も壊れるし心も壊れる。やはり適度に「ぼっち」を楽しむ余裕を持たないと精神衛生上良くないのではなかろうか。

なんだかウザったい書きぶりになってしまった。

私自身が「ぼっち賛成派」だから、どうしても一人行動を是とした前提でアレコレ書きなぐってしまう。

でも、しょせん人間は生まれてきた時も死んでいく時も一人。孤独とうまく付き合っていくことが建設的だろう。

人と接することで得る刺激も貴重だが、一人でボンヤリすることで感度が上がる部分も捨てがたい。

前にも何度か書いたが「無所属の時間」に身を置くことを意識して過ごすことで五感が多少なりとも敏感になるような気がする。

職場や肩書き、家庭とは一線を画した素の自分として行動する時間を持たないと、自分がただの歯車や1つのパーツにすぎないことを突きつけられているようで滅入ってしまう。

なんだか今日は話がとっちらかってしまった。

街中がイルミネーションに彩られる季節である。わざとらしいキラキラ感にゲンナリする日々だが、「ぼっち」の淋しさを認めたくない中高年として、せいぜい強がって「ぼっち」推進論を叫び続けようと思う。

2016年12月12日月曜日

ラッセン、どん兵衛 バブル時代


「どん兵衛」が意味不明なキャンペーンを展開している。ラッセンが「かき揚げを描き上げた」らしい。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20161207-00010002-kaiyou-ent

よく分からないけど素敵だ。いい感じである。


30年ぐらい前、ラッセンの描く世界に心をときめかせた。ダイビングに熱くなっていた頃だったから、写実的な中にもロマンチックにデフォルメされた独特の作風に惹かれた。

私にとって「バブル景気」のイメージはラッセンである。ジュリアナでもワンレンボディコンギャルでもない。ラッセンがバブル時代のアイコンだった。

その後、宇宙っぽいイメージを取り入れたり、漫画みたいなタッチの作品も増えてきたあたりから興味が無くなったのだが、大昔に購入したリトグラフは今も持っている。

ハワイの画廊で買った。社会人になってまだ間もない頃だ。当時の私にはかなり勇気が必要な値段だったが、頑張って購入。あれもバブルの勢いだったのだろう。


ダイヤモンドヘッドと水中の世界を描いた初期の代表作である。今では納戸の奥の方に仕舞い込んだままだ。正直処分に困っている。

買ったはいいが、帰国した際に別送品申告を忘れて慌てた思い出がある。当時親しく付き合っていた成田の某公的機関?幹部に泣きついたことを思い出す。

おおらかな時代だったから、その人には随分お世話になった。空港関係者の制帽を借りてスチュワーデスの知人を空港内の変な場所で出迎えるというサプライズにも協力してもらった。

イマドキの世相ではありえないバブル時代ならではの思い出だ。

最近、バブル時代回顧みたいな風潮が流行っているらしい。洋服のデザインや女性の化粧などにそんな傾向が強まっているとか。


平野ノラという芸人もバブルをネタに売れている。結構面白い。出てくる固有名詞が時々ツボにはまる。

評論家らしき人が解説していたのだが、10~15年ぐらい前のものだとダサい、カッコ悪いと思われても、30年ぐらい前の流行は逆にオシャレに見えるそうだ。

ある意味、流行に敏感な世代がまったく知らないぐらい年月が過ぎ去ったという意味だろう。

私の持っているラッセンの絵も昔のようにオシャレなイメージで再ブレークしてくれないものだろうか。念のため、まだ捨てないようにしよう。


あの頃、ラッセンの絵に刺激された私はフィッシュアイレンズを使った広がりのある写真を撮ることにハマった。

その名の通り魚眼のように広い画角が特徴なので簡単に地球を丸く?撮影できる。

水中撮影用の道具を揃えれば、ラッセンには程遠いものの陸と海を両方写し込むことが可能になる。南の島でしょっちゅうそんな写真を撮っては喜んでいた。





半分水中、半分陸上のいわゆる半水面写真というものだが、一番上の画像は30年近く前のモルディブだ。

今では地球温暖化の影響で浅瀬のサンゴが死んでしまって、こういう風景を探すのは結構難しいようだ。



時には旅先で知り合った人にモデルになってもらったこともあった。ついでにいろいろハプニングもあった。あれもまたバブルだったのだろう。

泡のような思い出だ。

2016年12月9日金曜日

酒場の縁


銀座の料理屋のカウンターで隣に座った初老の紳士とアレコレと語らう機会があった。

その紳士は後輩らしき面々とともに食事の後の二次会としてやってきたらしい。

小さい店で客も多くなかったから、私の耳には彼らの会話が入ってくる。話題はワインやヨーロッパの世情など文化的な香りが漂う。

スーツ姿ではなく割とラフな格好である。商社あたりのOBか、はたまた海外勤務が長かった新聞記者OBあたりが回顧話に花を咲かせているのかと思ったのだが、どうもビジネスマン的な雰囲気が無い。

どちらかといえば職人さんのような様子。ほんの少しコワモテというか、若い頃は尖っていたような匂いが漂う。

ひょんなきっかけで隣に座っていたそのオジサマが話しかけてきた。お互い酒も入っているから、あれこれ話すうちにその人がフランス料理界の重鎮だと知る。

なるほどと一人で納得。職人の総本山みたいな人である。一般的なビジネスマンの雰囲気とは違う濃密な気配をまとっていた。

若い頃のフランス修業時代の話や波瀾万丈の料理人人生の話を面白おかしく語ってくれた。

そして4年後のオリンピックの際には、日本の料理レベルを世界に発信する旗振り役になるんだとの熱い思いを聞かせてもらった。

ちょっと感動した。

以前、私がハマったテレビドラマ「天皇の料理番」を彷彿させるような面白い話がてんこ盛りだった。束の間の酒場交流とはいえなかなか貴重な体験だった。

酒場で隣り合った見知らぬ人とアレコレ語り合うことは結構珍しくない。カウンターに座ったお一人様同士というパターンが多いが他にもいろいろなパターンがある。

酒癖の悪いオッサンにカラまれるような迷惑なこともあるが、そういうウザい系だけでなく、妙にウマがあって古くからの友人みたいなノリでじっくり杯を酌み交わしたこともある。

お互いにどこの誰だか何をしている人なのかも分からないまま、熱く人生を語ったりするわけだから、やはり酒には魔法の力があると思う。

何者だか分からないから気安く盛り上がって楽しく過ごす。下品な話でゲヒゲヒ笑い合った相手が後になって世界的な音楽家だったとか著名な実業家だったりして結構ビックリしたこともある。

映画の中の寅さんだったら、そんな感じで知り合った凄い人達とその後も交流を続けるのだが、私の場合はその場限りである。

もっと積極的にせっかくの縁を大事にすればいいのにいつもそれが出来ない。

たまたま酒場で盛り上がっただけだから、その後も引きずろうとするのはヤボなことに思えてしまう。

確かにヤボはヤボだが、中には本当に気が合う人もいただろう。あと一歩積極的になっていれば自分の世界が広がったはずだ。

寅さんのほうが私より遙かに器の大きい人物だと改めて思う。

実際、「男はつらいよ」シリーズでは、寅さんは日本画の巨匠や陶芸界の巨匠、旧藩主の流れを汲む“殿様”などとひょんなことで知り合って楽しく交流する。

そこには変な自意識もなく、ただアッケラカンと気の合った人と友達付き合いをする寅さんの真っ直ぐさだけがある。

考えてみればそっちのほうがイキなのだろうか。せっかくの縁をハナっから摘んでしまうほうがヤボなのかもしれない。

なかなか難しい問題である。

2016年12月7日水曜日

寄付しまくって意趣返し?


12月なので「ふるさと納税」に躍起になっている。今年分の締め切りが迫っている。

ふるさと納税については、仕事柄理解していたが、昨年までは未体験だった。実にもったいないことをした。極論すれば「やらないのはバカだ」といいたいぐらいである。

ネーミングのせいで、とっつきにくい、難しそうだといった漠然とした思い込みで避けている人が圧倒的だと思う。

あれは「納税」ではなく「寄付」が正解。ごくごく単純にいえば、年間2千円の手数料を払えば寄付した金額が戻ってきたあげく、やたら豪勢なお礼の品が各自治体から届く。


この制度の恩恵を受けられる寄付金額はその人の所得によって上限がある。

所得税を納めていなくても住民税を払っていれば多少なりとも「枠」はあるようだし、年収がそれなりに高ければ数十万とか100万円単位の寄付をしてもほぼ全額が戻ってくる。

要は返礼品をタダ同然で手に入れられるわけだ。税の理念などどこかに吹っ飛んじゃったみたいなヘンテコな制度だが、それが許されているなら使わないと損だ。

だいたい、中堅・高所得者層は税制や各種手当、社会保障関係の大半の制度で「逆差別」されている。今度改正される配偶者控除にしても収入が1200万円ぐらいになると対象外にされる。

その点、ふるさと納税は収入が多いほど、寄付可能額が大きいから、当然、返礼品もワンサカ入手可能だ。一種の「意趣返し」のようにガンガン使わないと損だろう。

わずか2千円の負担で、全国から一級品の肉や魚、米や酒が送られてくるばかりか、温泉旅館の無料宿泊券、ゴルフ場の無料券、家具や食器、工芸品が選べたり、中には教習所や人間ドックがタダになったりする。

真珠や時計、AV機器もろもろ、ヤマハの電子ピアノやヤイリのギターだってもらえる。銀座の仕立て屋でスーツも作れちゃう。

モノ好きな人なら電車の1日貸し切りや1日駅長体験、ほかにも1日町長体験やプロサッカーチームの1日社長体験なんていうファンキーな特典もある。

以前、年間の寄付可能枠が100万円を超えるような人が制度をフル活用して日々の暮らしの必需品をすべて返礼品で調達していると聞いたことがある。あながち大げさな話ではない。

私自身、自分の寄付可能枠を調べたら結構な金額が使えるので年末までに使い切ろうと奮戦中である。


自分の寄付可能額は、ネット上にいくつかあるふるさと納税を集約しているサイトで簡単にわかる。メンドーがらずにやってみることをオススメする。

私の場合、仕事上で取引のある自治体がいくつもあるので、まずはそうした場所の魅力的な返礼品を狙ってアレコレと寄付をしている。

そうした義理?っぽいところ以外にも魅力的な商品がゴマンとあるので、これから年末にかけてじっくり返礼品選びをすることになる。

それにしても数限りない商品が用意されているので選ぶのが結構大変である。それだけでゲンナリしそうだが、ネット上の集約サイトでは返礼品の検索が簡単にできる。

たとえば、レトルト食品を探したければ「レトルト」と検索するだけで日本中の商品がズラッと表示される。手軽なものから自分で買うのをためらうような高級品まで選り取り見取りだ。

「米」だったら好きな銘柄で検索すればズバズバ出てくる。私が好きな「つや姫」だっていろんな種類がある。毎月定期的に一定量が送られてくるような特典もある。

1回でドカンと送られてくるのがイヤなら検索段階で「定期」とキーワードを入れるだけで年6回とか毎月送付される該当商品が表示される。

考えて利用すれば1年分の米や食料品を調達することだって難しくない。タダ同然で生活の基本コストがまかなえちゃうわけだ。

大真面目に「記者目線」でいえば、ふるさと納税はハチャメチャな制度だと思う。問題点は多いし、都市部の税収流出も深刻化する可能性がある。

なんらかの規制や改正(改悪?)が具体的に検討されるのも時間の問題かもしれない。まあ、ここでそんな話をしても仕方がない。

中堅・高所得者層をイジメる世の中の各種制度のシバリを苦々しく思っている人なら、自分の寄付可能枠をフルに使えばいいと思う。ネット上から簡単に申し込めて決済はクレジットカードでサッサと済む。

ちなみに標準的な家族構成で収入ごとに寄付可能額を大ざっぱに書いておく。

年収1千万円なら約15万円、1500万円なら約35万円、2千万円なら約50万円、3千万円なら約100万円、5千万円なら約200万円。

これだけの寄付をアチコチにばらまいて大量に返礼品をもらっても、結果的に寄付した金額から2千円を差し引いた金額が戻ってくる。オイシイ話だ。

2016年12月5日月曜日

引退

今年は一度も潜りに行かなかった。どうやら長年にわたった潜水趣味を引退する時が来たようだ。

人生で一番熱中した事だったが近年はモチベーションが上がらない状態が続いていた。

二十歳になるちょっと前に突然思い立って講習を受け、海で泳いだことなどほとんど無いくせにライセンスを取った。

その後も段階的に講習を受け続け、一時はそっち方面で食っていこうなどと真面目に考えた時もあった。

大学生時代は潜ってばかりだった。沖縄に1ヶ月半も滞在して髪の毛が茶色くなったこともあった。

社会人になってもまとまった休みはすべて潜水旅行に明け暮れた。潜ることを楽しむより水中写真にハマっていたので、せっせと我流で撮影し続けていた。

国内はもとより、パラオやポナペ(ポンペイ)、トラック(チューク)などのミクロネシアやモルディブに何度も出かけた。

東南アジアはフィリピン、マレーシア、タイ、インドネシアのあちこちやパプアニューギニアまで遠征した。遠いところではエジプト・紅海あたりまでせっせと出かけた。

20代の終わりからの数年間はカリブ海に没頭した。ケイマン諸島やメキシコ側のコスメル、中米側のホンジュラスや南米に近いボネール、キュラソーまで足を伸ばした。

ただただ若かったのだと思う。安いチケット専門だったから、普通なら1度や2度ぐらいの乗継ぎで行ける場所に4~5回乗り継いでヘロヘロになった。それはそれで楽しい思い出だ。

今だったらお金をもらってもあんな強行日程で旅をするのはイヤだ。

いつだったか、カリブに向かうのにロスからオーランドにムダに移動したことがあった。オーランドからマイアミに行くための乗継ぎである。

ロスからオーランドに向かう飛行機はたまたまディズニースペシャル?みたいな便で、乗客はディズニーワールドに出かける人ばかり。搭乗口でなぜだか皆がミッキーのヘンテコな帽子をかぶらされた。私も黙ってかぶった。

機内でも皆さんディズニーモード。オーランドに着陸した途端、乗客がミッキーマウスの歌を合唱している。マイアミに乗り継ぐだけの怪しい東洋人である私はミッキー帽をかぶったまま乗継ぎゲートをとぼとぼ探すシュールな展開になった。

私のディズニー嫌いはあの時のトラウマが原因かもしれない。

潜水へのモチベーションが低下した大きな理由は水中写真の劇的な変化だ。デジカメに移行して、それまでの苦労は何だったんだと思うほどすべてが変わった。

便利さも急激に進むと退屈さにつながる。フィルム時代には最大で36枚しか撮影できないから必然的に一枚一枚に気合いを入れてシャッターを押した。


デジカメになれば当然、無制限で撮れてしまう。便利さにいちいちビックリしながら、知らず知らずに雑な撮影をするようになった。その結果なんとなく面白くなくなってしまった。

おまけにフィルム時代と違って撮ったその場で失敗か成功かが確認できてしまう。いつの間にか水中写真への執着心とか集中力、ドキドキする気分が昔よりも薄らいでしまったわけだ。

そう書くと結構な偏屈者みたいだが、遊びや趣味の世界ってそういうものだと思う。

自分なりに築いてきた感覚や確立してきたノウハウがまるで過去の遺物のように無意味になってしまったら徐々に情熱がしぼんでいく。

情熱がしぼんじゃう。こればかりは仕方がない。人間何をするにも情熱が有るか無いかで決まる。

仕事はもちろん、恋愛だって、はたまた家庭生活だって情熱がなくなれば途端に色あせる。惰性で続けることは出来るが、趣味の世界は惰性では続かない。

年齢も原因かもしれないが、だとしたら残念だ。なんだか負けたような気分になる。とはいえ、海に潜る行為は大げさに言えば命がけだから無理に続けても危なっかしい。

30年以上続けてきたから海での死亡事故の話はいっぱい耳にした。知り合いが絡んでいた潜水事故もあった。

私自身、それなりに危ない思いもした。今の歳で似たような状況になった時に無事でいられるか自信が無いのも確かだ。

引退しちゃえば少なくとも海で死ぬリスクからは逃れられる。そう考えれば思い切って終わらせちゃうのが賢明かもしれない。まさしく潮時だ。

そんなことを書きながら引退試合ならぬ引退潜水の計画が頭をよぎる。どこかホゲホゲした南の島に行って、水中カメラなど持たずにぼんやりとケジメの水中散歩をしてみたい。

でも、そんな未練がましいことをしたら、どっかのプロレスラーやボクサーみたいに平気で引退を撤回しそうだからビミョーである。

2016年12月2日金曜日

浅草のスリッパ 洋食ヨシカミ


「ヨソイキ」。子供の頃にやたらと聞かされた言葉だ。普段着の対義語である。出かけるときはそれなりの格好じゃなきゃダメという意味合いである。

この言葉は東京の方言という説もあるらしい。江戸っ子の粋というか、やせ我慢的精神性を象徴する言葉かもしれない。

浅草生まれの私の祖父は近所にちょろっと出かける時でも着替えていた。普段から家でまともな格好をしていたのに、一歩外に出る以上「ヨソイキ」を着るという感覚が強かったのだろう。

そんな影響を受けて育ったはずなのに、今の私は寝間着みたいな格好で近所をウロウロする。反省しないといけない。

歳を重ねるにつれ何事も横着になってくるが、ヨソイキという概念は自然と自分を律する効果があるはずだからもっとちゃんとしようと思う。

子供の頃、大晦日には新品の下着とパジャマを用意される習慣があった。お気に入りのパジャマを取り上げられるのがイヤだったが、新品を着せられるとどこかシャキっとした気分になったのも確かだ。

「もったいない精神」とは相容れない考え方だが、節目節目でシャキっとした気分になる効能は捨てがたい。一種の文化としてアリだと思う。

先日、浅草でスリッパを買った。浅草散策が目的というより、スリッパのためにわざわざ出かけたようなもの。



以前、浅草をぶらぶらしていた時に買った畳ベースのスリッパが気に入って愛用している。そろそろ年末も近づいてきたし、正月用に新調しようと思ったわけだ。

寝間着でウロウロしちゃうようなヤボな日常を反省する意味で「わざわざスリッパを買うために浅草まで出かける自分」というストーリーに浸ってみる。

なかなか素敵な行動である!などと一人勝手に思い込んで気分がアガる。単純である。

でも、小さい事だろうとこだわりを持っているつもりになることは平凡な日常のアクセントになる。

たかがスリッパ、されどスリッパである。家にいる間はずっと履いているわけだから愛着が湧くような相棒と付き合いたい。

なんだかそんなことを書いていると、家でもこだわった格好をしていると誤解されそうだが、ヨレヨレになるほど着古したスウェットやトレーナーばかり着ている。

寝ているときも食事するときも映画を見るときも一緒。決して人様には見せられない。屁理屈みたいだが、ヨレヨレになるまで愛用するのが「こだわり」になってしまった。

娘が泊まりに来る時にはヨレヨレは片付けてマトモな部屋着を選んでいる。それぐらい普段はシャバダバな?カッコで過ごしている。

今度の大晦日ぐらいはウン十年ぶりに寝間着兼部屋着を新調してみようかなどと考えている。

スリッパと寝間着の話ばかりでもしょうがないので、浅草で食べたものの話。

浅草に行くと無性に洋食が食べたくなる。スリッパ散策の日は、運悪く昼と夜の間の時間にあたってしまい行きたい店がみんな休憩中。

で、週末はナゼか常に行列している「ヨシカミ」に向かう。ここだけは昼からずっと通し営業である。

列に並ぶことがゴキブリに遭遇するより苦手な私である。15時過ぎに行ったら店の前に10人ぐらい待っている人がいたので断念。

界隈をウロウロ散策して、まるで客がいない定食屋に吸い込まれそうになったが、なんとか我慢。シュールなステージ衣装屋を覗いてテカテカ光っている金色のスーツを買いそうになったが、これも我慢。

そして16時ぐらいに行列が解消した「ヨシカミ」に入る。ビールを飲みながら突出しのピーナッツとせんべいをボリボリ。





タンシチュー登場。グラスの赤ワインをグビグビ。ほどなくチキンライスも登場。ワシワシ食べる。カウンターの隣の見知らぬ人が食べていたグラタンにこっそり手を伸ばそうかと思ったが、さすがに我慢する。

週末の浅草は観光地だから昼から休み無しで通し営業している点はエラいと思う。並んでまで食べたくない人は夕方の時間帯が狙い目だろう。

2016年11月30日水曜日

星守る犬


予定の無い休日は録画したままになっている映画やドラマを見るのが定番の過ごし方だ。

たいていは肩の凝らないコメディー作品をお茶とお菓子をお供にアホヅラで見ている。

一人モノの特権みたいな時間だが、一人モノだからこそ、たまに「ヤバい」作品にぶつかるとドンヨリしてしまう。

ヤバい系のもの、すなわち淋しい「中高年一人モノ」である。身につまされてビビったりアセったりすることがある。

先日、たまたま2作続けてみたのがそっち系だった。ちょっと参った。


最初は渡辺謙が主役の単発のスペシャルドラマ「5年目のひとり」。山田太一作品である。

東日本大震災で家族や友人を一気に失った50代の心を病んだ男の物語である。

「中高年一人モノ」とはいえ、そういう設定だから個人的には身につまされる感じとは違う。それでも一人暮らしの侘びしさが強調されていて切なかった。

見終わったあと、次はもう少しホッコリしそうな映画でも見ようと選んだのが「星守る犬」という作品だ。

ところがどっこい、ホッコリというよりドンヨリしてしまった。でも素晴らしい映画だった。5年前に公開された作品で主演は玉山鉄二と西田敏行である。


身元不明の男と飼い犬の遺体が発見される。男は死後1年ほど経っていたが、飼い犬は死んで間もない状態だった。市役所の福祉担当職員が、男と犬がたどってきた旅の足跡を訪ね歩くというストーリーだ。

犬と飼い主のホノボノ話かと勝手に想像していたのに大違い。淋しく孤独死を迎える中高年の現実を突きつけられた感じだった。

西田敏行演じる主人公は真面目に生きてきた男だがリストラされて職を失う。それを機に仲の良かった家族関係が変わってしまい結局は離婚届を突きつけられる。

そして人生をやり直そうと身の回りの物を詰めた車で愛犬と旅に出る。新天地を求めたものの世の中はそう甘くはなく結局はクルマの中で愛犬と二人で最期を迎える。

なんともまあ切ない。ポイントは主人公の男は普通に平凡に生きてきたという点である。何も悪いことはしていない。少しだけ無器用だったというだけだ。

元は平凡な家庭の主だったわけで、そういう意味では一歩踏み違えたら「普通に起こりえそうな話」である。そこが妙に胸が痛くなる話だった。

身元が分かる物をすべて処分し、クルマのナンバープレートも外し、車台番号まで削りとった男はどんな気持ちだったのだろう。

家族に迷惑をかけたくないという優しさだったのか、はたまた去って行った家族に世話になどなりたくないという意地だったのか。どっちにしても物凄く哀しい。

見る人が見れば、犬の賢さや忠誠心みたいな部分が作品のキモなのかもしれないが、私の場合、もともと犬に興味が無いので男の気持ちのほうに感情移入してしまった。

と同時に、犬すら身近にいない我が身の境遇が空恐ろしく感じた。

「やっべ~、犬すら飼ってないじゃん、オレ・・・!」

そんな感じである。

時に涙をこぼしながら映画の世界に没頭し、見終わった後、近所のペットショップに行こうかと思ったほどだ。

バカである。そういうことではない。ペットの有無ではない。

身近な人との絆がどれだけ強いか、心の底から信頼し合える人間関係が築けているか、うわべだけの生き方をしていないか、そんな課題を突きつけられているように感じた。

そんなことに思いを馳せる年齢になったことを今更ながら痛感する。月日が経つ感覚が短くなり、いま思えば30才ぐらいからの20年はアッという間に過ぎた。

まあ、将来を心配してもキリがないが、着々と偏屈ぶりに拍車がかかっている自分の身の処し方は折に触れて真面目に考えないといけないのだろう。

やっぱり犬でも飼ってみようか。いや、技術の進化が凄いから、アッという間にペットロボットが想像以上の水準になるはずだ。それを待ったほうが良さそうだ。

いやいや、そのうちペットどころか“ロボット奥さん”なんかも登場するかもしれない。

優しく看取ってくれるならロボットで充分かもしれない。

そんな結論になっちゃうことが大問題である。

頑張ろうっと。

2016年11月28日月曜日

プリン体VSコレステロール


年に一度、身体のアチコチをチェックしている。胃と大腸の内視鏡検査がメイン。今年は大腸にポリープがあったが問題ナシ。

毎年内視鏡検査のついでに肺のCTも手配してもらう。とくに変化ナシ。今年は以前から潜んでいる胆のうのポリープらしきモノもMRIで調べてもらったが、気にする必要は無いらしい。

合格だ。血液検査では肝臓やコレステロールの数値がちょっと引っかかったが、基準値から大幅に超えた数値ではない。これまた合格だろう。

好き勝手に生きている割には優秀である。たぶん青汁とサプリ類のおかげだ。今の暮らしに「適度な運動」や「健康的な食事」を加えたら、おそらく異常なまでの健康体になって100才まで生きてしまいそうだ。


コレステロールの数値が多少悪いことは自分でも想像していた。この半年ぐらい卵系の摂取量が多かった。生タラコの酢漬けが朝のマイブーム?になり、TKG、いわゆる卵かけご飯も頻繁に食べていた。

中華に行けばピータン、寿司屋ではイクラ、スジコ。おでん屋さんでも卵はもちろん、タラコまでムホムホ食べていた。子持ちししゃも、子持ちアユも食べてきた。



この半年は「デュラン・デュラン」ならぬ「ギョラン・ギョラン」、「ギャランドゥ」ならぬ「ギョランドゥ」状態だったわけだ。

意味不明でスイマセン。

私のヘンテコな健康管理のひとつが「コレステロール」と「プリン体」のバランス感覚を考えることである。

どちらかの含有量が多いものを多めに摂取したら、次の日はもう一方の含有量が多いものを摂るようにするという理論である。

ウニをいっぱい食べたら次の日はイクラにしておく。要するにそういうことである。メリハリだ。

これを心がけるはずが、この半年ぐらいは、ロックンローラーならぬコレステローラー状態に偏ってしまっていたわけだ。

卵系はコレステロール、ウニやキモ類はプリン体である。

コレステロールは動脈硬化、プリン体は痛風である。どっちもイヤだから原因となる食べ物をどちらか一方に偏らず、交互に楽しむことを自分なりのこだわりにしている。

医者じゃないから正確かどうかは知らない。でも、どっちも好きだからなるべく偏らないようにしているわけだ。

というわけで、コレステロール値が上昇した時は決まってプリン体の方の尺度である尿酸値は下がっている。今回も尿酸値は「ギリギリセーフ」どころか「ゆうゆうセーフ」の水準だった。

これからしばらくウニばっかり食べれば、コレステロール値は下がったとしても尿酸値が上昇するはずだ。

ここ10年ぐらい、そんなことを繰り返している。まあ、私なりの一種の思い込みに近い部分もある。


この時期、ちょくちょく私が悶絶している上海ガニのミソである。老酒漬けのミソをネチョネチョ味わいながら熱くした紹興酒をピョロピョロ飲んでいるのが至福の時間だ。

コイツは一体、コレステロール派なのかプリン体派なのか、はたまたダブルパンチ派なのだろうか。よく分からない。

まあ、一年の限られた時期にしか食べないから気にしたってしょうがない。少しぐらい毒物があったとしても頻繁に食べるわけじゃない。

ちなみに、実際には多くの珍味系のウマいモノはコレステロール、プリン体双方が多いことが多い。それを言っちゃあオシマイみたいな話だが、本当はそういう認識で摂り過ぎに注意しないといけないようだ。

まあ、そんなことを厳密に守っていたら人生がちっとも面白くないから、そこそこ注意を払って、たまには粗食の日を作ってバランスを取るようにしたい。

2016年11月25日金曜日

ライブとMC


このブログでも何度か書いてきたオジサマバンドのライブが無事終了した。5年間続けてきた集大成的な記念ライブということもあり過去最高の130名ほどの方にご来場いただいた。



当日、御参加いただいた皆様、お手伝いしていただいた方々にこの場を借りて心から御礼申し上げます。

ライブ数日前から湿度70%に保った部屋で眠り、喉を潤わすクスリをあれこれ用意し、潜水趣味の必需品として持っていた痰を切るクスリもバンバン飲んで本番を迎え、本番当日は大量のユンケルをグビグビ飲んで、楽屋でしっかり芋焼酎を摂取してからステージに上がった。おかげで声の調子は上々だった。

今年は昭和歌謡の有名曲のカバーを15曲程度の構成。誰にも馴染みのある曲ばかりやることにした。計算上は1時間半程度で済むはずなのだが、私自身は1時間45分ぐらいを見込んでいた。

いつも私の話が長くなるので計算通りには行かないのだが、今回は私の想定をも上回る2時間超えのステージになってしまった。

しゃべり過ぎである。まさに“おしゃべりクソ野郎”状態である。同級生を含めれば全体の半分以上が私の知り合いだったから、その人達からは大目に見てもらえるかもしれないが、それ以外の人にとっては「一体いつ歌うんだ?」状態だったはずだ。

批判、中傷ごもっともである。でも、私には私なりの言い訳もある。

世の中には素人オヤジバンドが溢れている。結構なことだと思う。歌ったり楽器を演奏するのはボケ防止に役立つ。

で、お客様を集めて本番となった際に、多くのオヤジバンドの致命的な問題が「MC」だと思う。MCとはmaster of ceremonyの略語だ。そう書くと大げさだが端的に言えば司会進行である。要するにしゃべりの部分だ。

今回の私のように?司会進行が突出しちゃって演奏や歌が二の次になっちゃったら本末転倒だが、MCがあまりに貧弱だと客席との一体感は生まれない。

素人バンドが陥りやすいのはお客さん目線を軽視したマスターベーション的な進行だと思う。わがバンドも予定通りに1時間半で終了していたらそんな感じに終わったはずだ。

観客との一体感など気にも留めていないような自己陶酔型の素人ライブになってしまったらお客さんは興ざめである。

「はいはい凄いねえ。お上手でした。でも別に楽しくなかった」。そういう感想になってしまう。

演奏や歌の技量はもちろん大事だ。それは基本だが、音楽的技量の高さをシビアにチェックしにくるお客さんの割合など限りなく少数派である。

お客様は誰もがステージに立っているメンバーの知り合いである。まったく未知な人は一人もいない。カッコつけてプロのマネっこをしたって始まらない。歌や演奏は普通にちゃんとしているレベルで、なおかつ笑いあり涙あり?の楽しい時間を双方向で作っていくことが一番大事だ。

と、エラそうに書いたが、それにしても長々としゃべり過ぎた。

でも、そのせいもあってか会場全体が一体感に包まれたライブになったことは事実である。前半の段階からお客様がほぐれてくれて実に有難かった。

さて、今年のライブでは前座と称して、私と私の旧友がギターを抱えてロネッツの「Be My Baby」とビートルズの「Nowhere Man」を披露した。ゲストとしてバイオリン担当で私の姪っ子に参加してもらった。即席3人組バンドである。


大学生の姪っ子はオーケストラ活動やバンド活動などで私よりも遙かにステージ経験がある。しかし、バンドメンバーのオジサマぶりやオトナだらけの客席の老練な?感じにちょっとビビっていたのが印象的だった。

それこそがオジサマパワー?である。熟成である。5年間かけて辿りついたのは「老練熟成空間」だったのかもしれない。

私自身、2回ほど歌詞を間違えたが、おそらく99%の人には気付かれていない。涼しい顔してミスを隠す能力?はファーストライブの頃のオドオド感とは明らかに変わったと思う。

それにしても5年連続でやったことで一番感じるのが疲労度である。終わったあとの疲れかたが尋常ではなくなってきた。5年前とは別人のようだ。

ライブ翌日の日曜はまるで死体のように転がっていた。ヘロヘロでグダグダだった。実にだらしない。ふだんの不摂生のツケだと思う。

その日、姪っ子は別のコンサートにウキウキ演奏に出かけたそうだ。何だかんだいって若さには勝てない。これもまた現実だ。

つくづく連日、数千、いや万単位のお客さん相手にライブを行う中高年ミュージシャンの凄さを痛感する。日頃よほど鍛えていないと無理だろう。

不謹慎な話だが、武道館や東京ドームを連日満員にするようなミュージシャンにはマリファナぐらい解禁してやってもいいんじゃないかと意味不明なことを感じた次第である。

アホですいません。。。

改めてましてご来場いただいた皆様に心から感謝いたします!


●●備忘録。今回のライブのセットリスト。

・Nowhere Man  The Beatles

・Be My Baby  The Ronettes

・メトロに乗って 斉藤和義

・恋するフォーチュンクッキー AKB48

・雨の御堂筋  欧陽菲菲

・安奈  甲斐バンド

・僕が僕であるために  尾崎豊

・夜空のムコウ  SMAP

・白い雲のように  猿岩石

・ルビーの指環  寺尾聰

・どうにも止まらない  山本リンダ

・星降る街角  ムード歌謡の人びと

・チャンピオン  アリス

・勝手にしやがれ  沢田研二


そのほか進行上の小ネタ等・・・・・・「Twist And Shout」(The Beatles)、「Pipeline」(The Ventures)、「I LOVE YOU」(尾崎豊)、「神田川」(かぐや姫)、「アンパンマンのマーチ」、「ヤングマン」(西城秀樹)、「Long Train Runnin'」(The Doobie Brothers)他。

2016年11月21日月曜日

ネットスーパーの話


「10年ひと昔」という言葉を何気なく使っているが、平成に入ってからの様々な進化を考えると、ひと昔どころではなく「10年大昔」と呼びたくなる。

変化の中で暮らしているとなかなか気付かないが、もし20年ぐらい前に冬眠して目覚めたら今の世の中の変わりように唖然とするはずだ。

インターネットがズンズン進化し、Amazonあたりは昔では考えられないサービスを展開する。携帯やスマホはライフラインになり、駅は無人改札が当然でクルマは自動運転を始める。

いま50代の私にとっては今後も猛烈な勢いで進むはずの情報革命的な社会の変化が恐くて仕方がない。ついて行けない恐さだ。

スマホの機能を例にとっても原始的な部分しか使っていないからしょっちゅうバカにされる。「Line」をやっていないというだけで変な疎外感を味わっている。

ちょっとした買物や音楽や映画配信なんかは一応インターネットを駆使しているが、それでも初歩的な使い方しかしていない。

ついでにいえば、勝手に仕様が変わっちゃうアップグレードとやらに混乱して使いこなしていたサービスや機能をすぐにやめたくなる。

我慢して必死に学び続けないと世の中から脱線しそうで恐い。つくづく情報格差がもたらす将来の社会の分断が心配になる。

何だか大げさだが、ネットスーパーを便利に使いこなしながら、ふとそんなことを思った。


というわけで、今日はネットスーパーの話。
20代の頃の一人暮らしを思うと今の時代の便利さは相当なものだ。なんでもかんでも玄関先まで持ってきてくれる。

小量の買物じゃなければ送料も取られない。配達日時も細かく指定出来る。大家族向けのサービスかと思っていたが、逆に一人暮らしにこそ向いているサービスだと感じる。

大家族なら人手があるから、結構な量の買い出しも簡単だ。チョット足りないものがあっても、疲れ果てて帰宅しようとしているダンナにメール1本で買ってこいと命令もできる。

一人者はそうはいかない。ちまちま買物に行くのも面倒だし、私のようにロールスロイスに乗ってピコ太郎のような衣装で日々動いていると気軽にスーパーに行くのも大変だ。

で、ネットスーパーのお世話になる。いつの間にか4つもの業者を使いこなすようになった。

まず私が希望する配達スケジュールに空きがあるかどうかが第一関門である。あくまでそれ次第だが、品揃えに関してもそれぞれビミョーに違いがあるので場合によって使い分けている。

生卵を例にとると安さ優先の業者とちょっと高級な商品を常備している業者に別れる。おのずとその他の商品ラインナップにも若干の色合いの違いがある。

あっちには鹿児島の黒豚があるけど、こっちは安っぽい肉だけだとか、子供にウケそうなソフトドリンクの品揃えが多いところと少ないところ、10キロサイズの米ばかり用意してある業者と1キロ、2キロサイズの米も用意している業者など結構違いがある。

そんなことに詳しくなったところで私の人生にとって?特別影響はないのだが、それでもそのビミョーな違いを考慮して業者選びをすることが結構楽しい。

飲料、食料だけでなく日用品やクスリ類まで注文できるから非常に便利である。洗濯用洗剤から柔軟剤、トイレットペーパーなどの紙類なんかは重くてかさばるから玄関まで運んでくれるのは大助かりだ。

夏場は蚊取り線香や防虫スプレー、冬場だったらカイロや毛布まで頼める。電球や電池、歯ブラシ、ヘアスプレー、フライパンや鍋、入浴剤からダイエット用品までデリバリーしてくれる。

大きなスーパーに置いてある商品なら何でも持ってきてくれるわけだから実に便利である。

よく考えれば、売り場に行って直接目で見て手にとらないと選べない商品などそうそう存在しない。9割方必要としているものを買いに行くのが普通だろう。

逆に実際の店頭に行っちゃった方がついつい目に入ったどうでもいいものを買ってしまうからネットスーパーで必要なものを揃えた方が経済的かもしれない。

配達とか出前というと、昔の人間にとっては「横着」「ぜいたく」「手抜き」というイメージがあるのだが、そんな呪縛?にとらわれているのは無意味だと思う。

食べ物の出前については、今ではそのエリアのデリバリー業者を集約して簡単に選べるネット上のサイトがいくつもある。私自身、割と頻繁に利用しているが、あれは確かに割高感がある。「横着」「ぜいたく」というイメージはあながち間違いではない。

でも、ネットスーパーに関してはまったく異質だ。使わない方がもったいない。お年寄りだったら尚更である。重いものを無理に運んで大変な目に遭うなら配達料を取られちゃうほどの小量の注文でも使いこなすべきだろう。

何だか今日はいつになく所帯じみたテーマを延々と業者の回し者のように書き殴ってしまった。

2016年11月18日金曜日

日本橋の風情 「割烹とよだ」


東京は1200万都市だから場所によって様々な顔がある。最先端のエリアからディープな下町、お屋敷街からささくれだった?ドヤ街まで何でもアリだ。

地方出身のミュージシャンの多くが東京をテーマにした怨めしいような歌を作り、倉本聰が脚本を書くようなドラマでは「オレ、もう東京は卒業するよ」などと言われる。

なんだか東京というだけでヒール役を演じさせられている感じだ。魑魅魍魎が住む場所みたいに扱われている。根っからの東京人にとってはシャクにさわる。

そうはいっても東京人でも掴み所がないのが東京の魅力だろう。

私自身、東京のそれぞれの場所にそれぞれ勝手な印象を持っている。正しい認識かどうかは怪しいが、ある程度の年齢の東京人には共通する部分も多いと思う。

「四ッ谷、赤坂、麹町、ちゃらちゃら流れるお茶の水、イキなねえちゃん立ちションベン」。映画「男はつらいよ」で寅さんが口にするフレーズだ。

四ッ谷、赤坂、麹町あたりの風情にどこか艶っぽさを感じる東京人にとって、あの啖呵売の口上は印象的だ。

やはり寅さんがテキトーな商品を露天で紹介する際に「花の都、東京は神田の六方堂という老舗が泣きの涙で手放した・・・」云々という決まり文句がある。

お決まりのでっち上げ話だが「花の都」で「老舗」となれば確かに「神田」がしっくりくる。ありそうな話だ。

老舗といえば「日本橋」だが、そこは寅さんが語る作り話である。さすがに「日本橋」だと本格的?過ぎて話がわざとらしくなるから「神田」が丁度いい。

このあたりの東京の面白さだ。街ごとにビミョーな肌合いの違いがある。

ということで前振りが長くなったが「日本橋」の話を書く。

時々、日本橋界隈をウロウロしたくなる。近くに構える銀座とは違った独特の落ち着きを感じる東京の座敷?みたいな場所だ。

近年、三菱グループが「丸の内」をグイグイ演出?しているのに対し、「日本橋」は三井系がバリバリ推している。

いつのまにか数多くのショップ、レストランを擁する「コレド」というビルがいくつも出来て、それぞれが「お江戸日本橋的イメージ」に沿った展開をしている。

銀座ほどごったがえすこともなくウロウロするには悪くない。上等な和物を扱う店も多くオトナの散策にはオススメだ。

昔からのウマい店が点在しているのも日本橋の魅力である。ウナギ、天ぷら、寿司といった「江戸っぽいラインナップ」には事欠かない。

ハイカラ時代?の花形だった洋食屋さんやシュールな喫茶店なんかも揃っている。どこも老舗の矜持みたいな雰囲気があってチャラチャラした繁華街とは街の香りが違う。


うろうろついでに目にした気になる店にふらっと入ってみるのもプチ冒険みたいで楽しい。

そんな流れで時々出かけるようになったのが日本料理の「割烹とよだ」という店。相当古い歴史を持つらしい。

とはいえ、店自体は綺麗で古めかしい雰囲気はない。張り詰めすぎた緊張感が漂う店は苦手だが、こちらの店はその一歩手前ぐらいの上質な感じ。オジサマにとっては居心地が良い。

座敷席の客が中心のようで、ゆったりしたカウンター席は比較的空いていることも多い。

こうした正統派の老舗日本料理店にしては珍しく、カウンターではアラカルトでちゃんとしたウマいものが食べられる。

刺身もその日のオススメを教えてくれるし、お通しのような感じで用意される前菜盛り合わせはチョットずつ盛られた料理すべてが酒の肴にバッチリ。


一年中置いてあるというカラスミは目ん玉が飛び出るぐらいウマい。濃厚な胡麻豆腐も抜群だし、繊細な懐石の一品のような料理とともに鶏の唐揚げなんかも用意してある。

安い店ではないが、高級路線のお寿司屋さんでガンガン飲み食いするよりはお手軽だ。

正統派の老舗料理さんで好きなものを好きなペースで注文してユッタリしたカウンターでのんびり一献。これって出来そうで出来ない贅沢である。オジサマならではの喜びである。

つくづくオジサマに生まれて良かったと思う秋である。

2016年11月16日水曜日

頑張れ次世代 


「最近の若者は内向きでも草食でもない、所得が低いだけ」。麻生財務相がそんな趣旨の話をしたそうだ。

なるほど、言われてみればそうなんだろう。旅にも出ない、クルマも買わないといった側面だけで若者像を捉えがちだが、そもそも生物的?に若い以上、内面はギラギラしているはずだ。

ギラギラを発揮するよりも、将来への不安の裏返しとして一種の自己防衛として内向きな生き方をしているのが実相なのかもしれない。

思えば、私の若い頃はバブル前後の軽薄な時代だったから、若者は剥き出しのままの若者でいられた。今の若い人達に比べれば脳天気に日々を過ごせた。

ほんの2~30年前後するだけで世相はまったく違うからラッキーだったと思う。2~30年早かったら戦後の大変な時代だし、2~30年遅い今の時代もイヤだ。

政治の世界も小難しいことを議論するより、若い人達がハツラツとバカをやれる世の中にしていくことが一番大事なんだろう。

先輩世代として、いや、将来もらう年金を払ってくれるスポンサーを大事にする意味で若者にどんどん夢と希望を持ってもらいたい。

今週末、いよいよ我がオジサマバンドのライブ本番だ。当日、前座的な位置付けで私がアレコレ歌う際に姪っ子がサポートメンバーで加わる。

就職活動に苦悩している姪っ子とは、ヤツが3000グラムぐらいの頃からの付き合いである。当たり前か。

ライブに向けた練習で何度も顔を合わせているが、今ではいっぱしの大人だ。たかだか22才ぐらいだから幼いことは幼いが、私の22才当時よりしっかりしている。

私がアホバカだっただけかもしれないが、今の若い人は「失われた10年」と呼ばれた日本経済史上最長の不景気の只中に生まれたわけだから、意識構造というか物事の捉え方や考え方が冷静なのかもしれない。

オジサン世代が若者達について、覇気が無いとか冷めていると評するのは簡単だが、その背景には、生まれてからずっと暗い将来展望を聞かされてきたことによる諦観があるのだろう。

来年高校生になる私の娘も私があの年頃だった時よりはるかに冷静沈着な部分がある。

高校生の頃の私は「大人になったらこうしよう、ああしよう」という受け身の発想しかなかったが、イマドキの子は「ああいう大人になるために今はこうしよう、ああしよう」という能動的な発想を持っている印象がある。

頼もしく感じる一方、ちょっとだけ気の毒に思う部分もある。気ままに大げさな夢を語るのが10代の特権だと思うが、これからの時代はそんな呑気なことでは厳しいのだろうか。

まあ、そのせいで週末のライブで歌う英語の発音を娘からビシビシ指導してもらったから良しとしよう。

中高年になると何事においても自分の知識や感覚にあぐらをかいていることが多い。それで済ますのは簡単だが、一方で次の世代から教わったり気付かされることも増えてくる。

「生意気に何を言ってやがる」と突っぱねることもできるが、それだとどんどん偏屈になりそうだから、謙虚に若い世代からの声に耳を傾けるジジイになりたいものである。

2016年11月14日月曜日

上海ガニと毒


「上海ガニにダイオキシン」。ニュースで見た人も多いだろう。中国から香港に輸出された上海ガニに基準値を遙かに超えるダイオキシンが検出されたという話だ。

輸入、販売停止措置が取られたことで、香港では秋冬の風物詩ともいえる上海ガニが見当たらないそうだ。

なんとも残念な話。

一応、日本に入ってきている上海ガニとは別ルートのようで、あくまで現状では“対岸の火事”のような状況である。

でも、そんなニュースを聞くと気分は良くない。日本でも今シーズンは一気に消費量が減ることが予想される。

というわけで、上海ガニを食べに出かけた。相変わらずウマかった。秋が深まると食べたくなる。この日は銀座の維新號新館でムホムホ食べた。


老酒に漬け込んだ酔っ払いガニの他、蒸したカニをホジホジしてきた。独特のコクや旨味は他のカニとは別な種類の美味しさだ。

有害物質を正しく心配することは大事だが、過剰反応してもキリがない。毎日毎日大量に食べるならともかく、たまにちょろっと食べるぐらいで大げさに騒いだって仕方がない。

ちょっと尿酸値が上がったぐらいでビールを飲まなくなる神経質な感じに似ている。

私の場合、気ままな中年独り者である。育ち盛りの子供が食べるわけではない。中年男という生き物は日頃からワケの分からない有害物質を摂取しているから、さまざまな毒性に特殊な抵抗力を持っている(ウソです)。

「食」をめぐる騒動の特徴は過剰反応の一言に尽きるだろう。15年ほど前の狂牛病騒動(BSE騒動)の凄さなどはまさに異常なレベルだった。

一過性だったとはいえ、多くの人が一気に牛肉を食べなくなり、牛丼業界などは経営環境がそれこそ瀕死の状況になった。

痙攣して倒れる牛のニュース映像が繰り返し流され「牛肉イコール危険」という単純なイメージがあっと言う間に世の中に広まった。

結果的にBSE感染患者は国内では一人も出なかったし、今では何事もなかったように輸入牛肉がスーパーに並んでいる。

もちろん、大したことにならなかったのは結果論であり、正しく怖がったから無事だったという解釈も成り立つ。

とはいえ、牛肉を毛嫌いすることが、まるでルービックキューブやインベーダーゲームのように「ブーム」なっていたのも事実だ。大衆心理が引き起こす『熱病』のパワーを象徴する一件だったと思う。

上海ガニの場合、老若男女を問わず頻繁に食べるものではない。牛丼のような国民食だったら隣の国の騒動が一気に飛び火するはずだが、続報が出ない限り、上海ガニ騒動は知らぬ間に沈静化するはずだ。

誰だって有害物質なんて口に入れたくない。でも今の世の中そうもいかない。一般人には良し悪しなど判断できない添加物だらけの食べ物で溢れかえっている。

レトルト食品、カップ麺はもちろん、鮮度が良さそうな手作り感満載の惣菜や弁当だってチンプンカンプンな添加物の名前がキッチリ表示されている。

心配したくても何を心配していいか分からない。一方でこれまで何十年もいろいろ食べてきた上で元気に生きているわけだからヘッチャラだという開き直りもある。

加工食品が怪しいからといって、生鮮食品なら安全かとも言い切れない。放射性物質は原発事故以来、1日も休むことなく海に垂れ流されている。

アンコウのような底生生物には確実に害が及びそうなものだが、冬になればアンキモをウホウホ言いながら食べる。

底生生物のキモ、すなわち肝臓は見方によっては毒の塊みたいなものだが、ウマいからついつい食べる。

アンキモに限らず、シャコや海老あたりの甲殻類も海の中では結構ヤバいもの(人の死体とか)を食べちゃってるし、鮮度が良いからと言って衛生的に問題がないわけではない。

実際にシャコの刺身にあたって死んじゃった人もいる。極論すれば体質や体調次第で毒になってしまうものはいくらでもあるわけだ。

そういえば、私自身、何年か前に上海ガニに当たったことがある。吐きまくったりして結構キツかった。

食べた店は上海ガニファンなら誰も知っている有名店だった。一緒に食べた同行者は何でもなかったから、おそらくモノ自体に問題があったというより単にその日の私の体調が良くなかったのだと思う。

体質的にサバのアレルギーなど無い私だが、疲れているとシメサバでも当たっちゃうことがある。

なんだかよく分からない話になってきたが、クセやアクがあるような“強め”の食べ物は体調と相談しながら食べた方が安心だろう。

そんなことより、上海ガニを熱めにお燗した紹興酒と一緒に味わうとブヒブヒ鼻を鳴らすほどウマい。

あの喜び、あの幸せを堪能するために、ダイオキシン騒動のニュースは今シーズンが終わるまで見ないことにする。

2016年11月11日金曜日

「ぼっち」は淋しい?


十人十色。最近つくづくそう思う。個性というか、性格や趣味嗜好、考え方に至るまで人それぞれで大きく違う。

奇人に変人、怪人、そして凡人など人を評する言葉もいろいろだが、当人にとってはそれぞれがごく普通の状態である。

自分の尺度で人を測るから、異質な部分が気にかかる。人間関係なんてそれの繰り返しだろう。

一人で外食することを「ぼっちメシ」と呼ぶらしい。ひとりぼっちのぼっちである。

「ぼっちメシ」が出来るか出来ないかみたいな線引きを熱く語っている人がいたが、私に言わせれば、出来る出来ないの議論自体が意味不明だ。

誰かと一緒だろうが、一人だろうが、その場に応じて普通に楽しい。どちらかといえば「ぼっちメシ」のほうが好きだ。なんてったって気楽である。

「一人行動」が苦手な人に言わせると、ぼっちメシや一人旅をする人は「淋しそうな人」に見えるらしい。マト外れである。

一人での行動に淋しさを感じる人の尺度で決めつけられても困ってしまう。でも、そういう種族?の人達に反論しても「本当は淋しいのに強がってるんでしょう?」とか言われる。

先日、私の母親がおかしな夢を見たそうだ。その夢の中で私は「淋しい淋しい」とポロポロ泣いていたそうである。母親としていたたまれない気分になったんだとか。

子を思う親の気持ちは有難いが、トンチンカンぶりも甚だしい。ありがた迷惑である。

母親はどちらかといえば「人好き」なタイプで80才近い今でも趣味の会のような世界に新たに加わったりしている。

一人行動を淋しく感じるタイプなんだろう。そういう種類の人から見ると、愛しい息子が50才を超えて一人でプラプラしていることが淋しいことに映るわけだ。

こっちに言わせれば、80才近い年齢になって新たな人脈作りに励む行動のほうが理解不能である。気疲れして死んじゃいそうな話だと思う。

私だって「人嫌い」というほど偏屈ではないが、ムダに気疲れするタイプだから一人での時間がしっかり確保出来ないのは物凄いストレスだ。

正直に言って、いつでもどこでも誰かと一緒に行動したがる人の方が変な人だと思う。一人行動を楽しめる人の方が普通だと思っている。

でも、その考え方自体が私の尺度でしかないから、あちら側の人達に向かって「あなたは変ですね、大丈夫ですか?」とは言わない。

にもかかわらず、あっち側の種族の人々はこちら側の人間に対して「淋しそうですね」「強がってるんでしょ?」とか余計な挑発?をしてくる。メンドーである。

ちなみに今の時代は「内向き」がキーワードである。アメリカのトランプ大統領誕生しかり、イギリスのEU離脱しかり、来春のフランス大統領選でも極右勢力が伸びているらしい。

本音を隠して無理にヨソと連携したり、出来もしない連帯を目指すのではなく、内向きな姿勢で素直に自分の幸福を目指す、いわば「自己満足型エゴイズム」?みたいな傾向が強まっている。

ぼっちメシならぬ「ぼっちの時代」である。そういう意味では、私が嬉々として独り者生活を楽しんでいることは時代の先端なのかもしれない!。

屁理屈を四の五の書いたが、私のような「ぼっち」が気楽だという種族の人々は要するに単なるワガママなんだと思う。

一人だったらすべて好き勝手である。誰かと一緒だったらさすがにそうはいかない。イギリスの判断もトランプさんの暴言も結局は「本音」であり、その背景は「ワガママ」である。

威勢の良いことを書きなぐったが、私も煩悩の塊だから突然、誰かと恋に落ちたりして一人でいることがイヤになることもあるかもしれない。

それはそれで、その時に考えればいい話である。少なくとも気ままな独り者生活について「淋しそう」という色メガネで見られるのは迷惑だ。

まあ、そんなことを主張すると「淋しそうだから慰めてあげるわ、ウッフン!」という錯覚?で近づいてくれる女性を逃しちゃうからテキトーにしておこう。

2016年11月9日水曜日

おごり、おごられ ヤセ我慢


男性から食事に誘われたのにワリカンだった・・・。女性陣からそんな話を聞く機会が多い。いまどきの世相を表しているのだろうか。

ワリカンがダメだとは言わない。状況によっては普通のことだ。でも、いっぱしの年齢の男が女性に好意を持って誘ったにもかかわらず、ワリカンを当然だと思うのはどうなんだろう。

昭和世代の男としては理解不能だ。その昔、好きな女の子にお洒落な店で御馳走して、その後数日はカップ麺をすする若者が珍しくなかった。男が「草食」などと呼ばれなかった時代だ。

持ち合わせがなくて恐縮しながらワリカンを求めるなら仕方がない。それでも次の機会にガッツリお返しをするのが普通だ。あくまでワリカンが当たり前という感性は情けない。

女性に対する男の態度なんてものは「やせ我慢」が基本である!?。

見栄を張る、イキを気取る、格好つける等々、すべて突き詰めれば「やせ我慢」と同義語だ。

クジャクといえば大げさに羽を広げる姿をイメージするが、あれだってオスがメスの気を引くための行為である。極楽鳥などはメスの前でダンスを踊って気を引こうとする。自然界ではオスがメスのために涙ぐましい努力をするのが普通だ。

「正しい男論」を語るほど私に経験があるわけではないが、やはり男たるもの女子の前では踏ん張らないといけない。

男のイジらしい頑張りをバカと呼ぶ人もいる。確かにバカみたいな部分もあるが、好意を持った女性に対してバカになれないようなら相手の気持ちが盛り上がることはない。そんなもんだと思う。

デートに誘ったくせに、もろもろの費用を女性に払わせるオトナの男などヤボの極み。でも、そういう話を結構な頻度で聞くということは、世の女性達は野暮天野郎の誘いに平気で応じるということでもある。

最近、デートっぽいことから縁遠い私にとっては憤懣やるかたない状況だ。金欠の時でもそれを必死に隠す見栄っ張りな私のほうがマシだと思うのだが、何かがおかしい!!

まあ、私がここで頭を抱えたところで何も始まらない。結果はどうあれ?今後もピーピー言いながら「やせ我慢」の日々を過ごすとしよう。

相手が女性ならともかく、男同士の場合には少し事情が違ってくる。男同士だとプライドというか、独特の自負心が絡んでくるので男女間の場合とは微妙に違いがある。

上司と部下、先輩と後輩といった組み合わせなら、程度にもよるが支払いは目上側が持ったり、多めに負担することが一般的だろう。

社長と課長が飲んだ際にワリカンという構図はありえない。同年代の課長と課長補佐ぐらいならワリカンもありだろう。職場を通した人間関係ならさほど難しい話ではない。

仕事に関係のないプライベートな間柄だと、一歩間違えると人間関係にヒビが入ったりすることもある。

私自身、苦い思い出がある。大学生になって間もなく知り合った男がいた。地方から出てきた苦学生でスポーツ推薦枠で入学してきた。

ノホホンと都心の一貫校に通いフニャフニャしていた私とは違って剛気な男だったのだが、妙に気があって仲良くなった。

ある時、講義資料か何かをコピーに行く彼に私の分も頼んだのが、そこで一悶着があった。

私の分のコピー代が確か140円ぐらいだった。200円を渡して「お釣りはいいよ」と言ったら彼が怒り出した。「バカにしてんのか」みたいな趣旨でしつこくブツクサ言われた。

こっちも悪気はなかったし、彼の言い方も気にくわなかったので、結局60円のせいで険悪になりそれ以来疎遠になってしまった。

「おごる、おごられる」ことの難しさを痛感した一件だった。いま思えば、その一件だけでなく、私のそれまでの言動に彼をイラつかせる部分があったのだろう。

「おごる」という言葉は自分のお金で御馳走するという意味で使われるが、大元の日本語の意味は「奢る平家は久しからず」という諺にある通り「思い上がった振る舞い」である。

すなわち「おごられた」ということは見方を変えれば「思い上がった振る舞いをされた」という解釈にもなるわけだ。

金額の高い安いではない。そこが恐い部分でもある。不快に感じる相手にとっては例え数百円、数十円単位だろうと関係ない。

「宵越しの銭は持たねえ」的な江戸っ子気質のせいもあって、本来あまり小さな金額でガミガミやりあうのは苦手な私である。

自分ではカッコよく収めたつもりでも、時と場合によっては、そんな態度こそが傲慢に映ってしまうのかもしれない。

なかなか難しい事である。

アウンの呼吸でスッキリ支払いが済むような感性の相手とだったら余計なストレスは感じないで済む。そんな会合ばかりなら気疲れしないで単純に余韻に浸れるってものだ。

アレコレ書いてきたが、やはり、女性相手にカッコつけながら御馳走して、お世辞を言われて調子に乗っているのが気持ちの上では一番ラクチンだ。

そして財布はどんどん淋しくなっていく・・・。

2016年11月7日月曜日

懐かしい店と懐かしい店


今日はヘンテコなタイトルだが、大昔に胸をときめかせた?二つの店に、最近たまたま立て続けに行く機会があったという話である。

ジャンルのまったく違う店なのだが、いずれも35年ぐらい前に初めて行った。それぞれ印象的な思い出がある。片方は若者向け、もう片方はオジサン向けだ。

「T.G.I. Friday's」というカフェレストランが物凄くオシャレ感を漂わせていたのは1980年代の前半だっただろうか。

いまでは東京のアチコチの繁華街にあるが、昔は六本木だけだった。まだ高校生ぐらいの背伸びしたい年頃だった私にはカッチョいい世界だった。近くには「ヘンリーアフリカ」という似たような店もあった。

その頃以来、それこそ30ン年ぶりに訪ねたのだが、年の流れとともにこっちはすっかり人生後半戦だから、場違いな店に来てしまったという印象である。

今の路線はファミレスを少し高級にしたような感じだろうか。大昔の先端スポット的イメージとは違う雰囲気だ。メニューも何だか賑やかである。ちょっと楽しい。


骨付のいわゆるベイビーバックリブがイチ押しだと聞いたので味の違う2種類を頼む。30年前だったらムホムホいつまでも食べ続けそうな味だが、今の私にはやや厳しい。

こういう時、妙な寂しさを感じる。化学調味料や得体の知れない強い味が苦手になったのは確かだが、「何だかよくわからないけど楽しげにムシャムシャ食う」という青年時代の勢いが無くなっちゃったという意味では、ある種の劣化である。

子供の頃、あんなに好きだった「ケンタッキーフライドチキン」がまったく食べたくなくなったのと同じである。

舌が肥えたなどとエラそうに気取っている場合ではない。裏返せばああいうモノを受け止めるパワーがなくなったということかもしれない。



もう一方のお店は八王子の「うかい亭」である。今でこそ銀座や表参道にゴージャスな店を構え、他にも芝公園の近くで豆腐会席の店や銀座で高級日本料理店なども出す「うかいグループ」だが、総本山というか誕生の地が八王子である。

やはり35年ぐらい前にこの店のファンだった祖父に連れていってもらった。八王子という立地からイメージできない独特なユッタリ感、高級感にちょっと圧倒されたことを覚えている。

まだ10代の少年だった私にとっては雰囲気がどうこうではなく「量」の問題で大いに悶々としたことが強烈な思い出だ。

高級鉄板焼きの店だから目の前で高い帽子をかぶった料理人が手際よく作業を進める。

子供にとっては興味のない前菜や野菜や魚介類がちょろちょろ出された後に、おもむろにこれから焼く肉をうやうやしく見せてくれる。

「ほ~、ウマそうだなあ」という私の頭の中では、見せられた肉がその場に集っていた全員分だとは思いもよらなかった。一人分だろうと勘違いしていた

悲劇である。

鉄板でジュージュー音を立てながらウマそうな香りをふりまいている肉は私だけのものではない。全員分である。


焼き上がった肉はサイコロ状にカットされて皆の前に置かれた皿に取り分けられていく。

ぐふぇ~、マジですか~!

私の心の叫びである。私の皿の上には8切れほどの小さくカットされた肉が上品に盛られている。当時の私には28秒ぐらいで完食する量である。

ウマい。実にウマい。でも少ない。凄く切ない。まるで拷問である。ハダカの峰不二子がベッドで手招きしているのに、金縛りにあって動けないようなモドかしさである。

「うかい亭」といえば、それが私の第一印象である。

あれから35年。今の私は牛肉より焼鳥を好むオジサマである。吹けば飛ぶよな弱々しさ?である。

久々に出かけた「うかい亭」でも前菜をしみじみウマいと感じ、カップサイズのスープの滋味に感動し、野菜類にまで満足して、肉が出てくる頃にはマッタリ気味である。

今回は法事の帰りに立ち寄った。隣に座っているのは大学生の姪っ子である。35年前にはあれほど少なくて苦悶したサイコロ状の肉が食べきれずに姪っ子に3切れもあげた。

これが35年という歳月の現実である。

結局、「T.G.I. Friday's」の肉もちょろっとしか食べず「うかい亭」の肉もちょぼっとしか食べない。70才や80才じゃないのにさすがに情けない。

まずはケンタッキーフライドチキンをドカ食いすることからやり直してみよう。

2016年11月4日金曜日

マウンティング社会


「マウンティング女子」という言葉があるそうだ。なるほど、言い得て妙だ。

マウンティングとは動物の世界で自分の優位性をアピールする行動である。ゴリラや猿、犬などに使う言葉だが、確かに人間世界にもそんな傾向はある。

女子に限らず、SNSの世界などは多くが「プチ・マウンティング」と呼びたくなる“リア充自慢”に溢れている。

早めに書いておきますが、今日のテーマは自分のことをタナに上げて書きます!スイマセン。

SNSに限らずブログだって見栄の張り合いみたいな情報で溢れている。私の場合はちっともリア充ではないが、見る人が見れば自慢話みたいなことを嬉々として書くこともある。

人間誰しも自分のシャバダバな話をあっけらかんと書くよりも誇らしげな話を書きたい。

このブログでは一応、自分なりに自慢タラタラに陥らないように注意しているつもりだが、人間だから業の塊だし、ついつい「オレってこんなことも知ってるんだぜ」的な書きぶりになる。

いかんいかん、私の話は棚上げすることにしたんだ。軌道修正。

SNSに飛び交うマウンティングじみた話にウンザリすることがある。さりげなく楽しげな話ならいいのだが、わざとらしいキラキラ話を見かけると、その必死な感じが痛々しくてツラい気持ち?になる。

ネットの世界は悪く言えば便所の落書きと言われるぐらいだから、いちいち気にすることもない。それよりも実社会に漂うマウンティングの風潮はなかなか厄介みたいだ。

タワーマンションの上層階の住人が低層階の住人を差別する話など単なる都市伝説だと思っていたのだが、あながちウソではないそうだ。「マウンティング主婦」が結構いるらしい。ああ恐ろしい。

仮に私がタワーマンションの高層階の部屋を相続か何かで手に入れたとしたら、速攻で売って低層の違う物件を買う。

低い方が地に足が付いている感じだし、それ以前に地震を考えたら恐くて仕方がない。あくまで個人的な意見です。高いところが好きな人にはゴメンナサイ。

別に高層階に住む人を悪く言うつもりはない。あくまで一部に存在するアホなマウンティング系?の人達が気持ち悪いだけである。

聞くところによると、その手のマウンティング主婦たちは、旦那の仕事内容、年収、学歴、はたまた子どもを通わせている私立のレベルなどあらゆる分野でマウンティング合戦を繰り広げるらしい。

バブルの頃のアホバカ女がやっていた「名刺じゃんけん」という愚行を思い出す。上っツラだけがすべてのスカスカな話である。

端的に言って視野の狭い価値観だ。年収や学歴は軽視できないが、どっちが上でどっちが下だろうとそれが人生のすべてみたいな話ではないだろう。

それぞれの家庭にそれぞれのカラーがある。こと細かい部分でヨソと比べて必死に優劣を競う発想は凄く貧しい。脳ミソがチープだ。結局はヨソの人のアラ探しになってしまう。

もちろん、世の中は綺麗事ばかりではない。年収や学歴がモノを言う部分は小さくない。それはそれで現実だ。誰だって下より上の方に憧れる。

子どもを通わせる学校にしたって、特定の人々にとっては人生の一大事みたいな騒ぎである。それこそ「お受験」の現場にも「勝った負けた」とかヒエラルキーのような感覚は厳然と存在する。

それ自体が社会の仕組みだし、ヨーロッパのような階級社会ほどではないものの、一種の「クラス分け」のような線引きは当然のものとして存在する。

だからといって、そういう断片的なディテールをいちいち前面に押し出してわざわざアピールする行為は愚かだろう。それこそ野暮の極みだ。

よくよく考えれば、女子だけでなく男も子供も爺さんも婆さんも少なからずマウンティングしちゃうことはある。

人間、どうしたって少しでも他より優位に立ちたいのが本音だ。問題はそういう敵愾心みたいな空気をギラギラ出すか出さないかである。スマートな人物かどうか、イキかヤボかの分かれ目がこの部分だ。

男の場合、社会に出る時点で「就職先の会社名」というマウンティングが始まる。若いからそんなことでしか主張することがない。

その後、20年、30年が過ぎ血気盛んだった若者も中年になってくる。かつての一流企業が消滅したり、子会社への出向や転籍、早期退職などで大きく様相が変わり始める。

面白いもので、そのぐらいの年齢になると一種の達観にも似た感情が強くなるから、同窓会的な集まりでも若い頃のようなマウンティングの気配は薄らいでくる。

「所属先」より個々の生き方が話の中心であり関心事になる。中にはいつまでも若い頃のままのマウンティングを引きずる退屈なヤツもいるが、普通の人間は適度に収まってくる。

そういう意味では、いま一生懸命マウンティングに励んでいる20代や30代の人達も歳を重ねればマウンティングのカッチョ悪さに気付くのだろう。

ちなみに、歳を重ねるとマウンティングの気配が薄らぐと書いたが、ある部分ではそうとも言えない。中高年になると「病気自慢」という新しいマウンティング?が始まる。

若い頃は胃カメラを飲んだくらいで優位に立てたが、今となっては肝臓の数値が4ケタだとか心臓手術を受けたとか、ヘビーな経験するヤツがゴロゴロ出てくる。

ああいう自慢話?は人生後半戦ならではのマウンティングに他ならない。私もハードな病気自慢ネタを得意になって語りたいような気もするが、やっぱりそっち方面ではあまり優位に立ちたくない・・・。

2016年11月2日水曜日

音楽の力 ハマショー オジサマバンド


11月である。音楽の季節だ(何のこっちゃ?)。

わがオヤジバンド、いや、素敵なオジサマバンドのライブ本番まであと半月ほどである。練習も佳境だ。


そろそろアセる時期だ。とはいえ、私が苦悶しているのは当日のMC台本の構成だったりする。歌やギターの練習に励まないといけないのに頭の中はそっちのことばかりである。

今年は5周年記念だから武道館あたりで演奏しようかと思ったが、メンバーの強い反対にあって、アットホームなライブハウスでの開催だ。

南青山の割とシャレオツな会場なのだが、既に100名ほどの方から観覧申し込みをいただいている。有難い限りだ。

頑張って楽しいMCを考えないといけない。いや、しっかりボーカルの精度を上げないといけない。

音楽とは文字通り「音を楽しむ」と書く。ゼロから演奏を練り上げボーカルを乗せて仕上げていく作業はなかなか大変だが、それなりにまとまってきた時の充実感は確かに楽しい。

高齢化に伴ってヒマで元気な高齢者が増殖しているが、盆栽や写生教室もいいが、思い切って音楽活動にトライするのも有意義だと思う。

ボケ防止に確実に役立つ。私自身、突然思い立ってギターを始めて2年、コードを適当に弾くぐらいならヨチヨチ程度には出来るようになった。

指を動かす作業は脳の活性化に最適だそうだ。今後もボケ防止のためにギター練習に励まないとならない。

さてさて、ごく最近、音楽の力を思い知らされる機会があった。


我が敬愛する師匠・浜田省吾サマのライブでのことだ。御年63才。途中で少し休憩を挟むものの合計3時間半に及ぶステージだ。昔と変わらずパワフルな姿にただただ感心した。

そんなに大ヒット曲があるわけでもないのに、いまだに全国のアリーナツアーのチケットは入手困難である。今回はファンクラブ枠の抽選に当たったので埼玉スーパーアリーナまでいそいそ参拝に行ってきた。

デビューから40年である。私のファン歴は38年目である。中学2年の頃からだから筋金入りだ。ハマショー師匠の総楽曲数が300曲ぐらいだとしたら、私は鼻歌なら270曲はいける。

ハマショー師匠の楽曲で描かれる世界も少年から青年、家庭人や父親、そして中高年の心理にまで拡がってきた。

いつも思うのだが、少年時代に好きになったミュージシャンが長年音楽的スタンスを変えずに、私のような聴き手側のたどってきた人生の時系列をなぞってくれていることは物凄く幸運だと思う。

あの頃、松山千春のファンになっていたら、いまごろは必死に「鈴木宗男」を応援するハメになっただろうし、フォーク色が強かった長渕剛もムキムキの武闘派だ。チャゲ&飛鳥に至っては「シャブセックス野郎」と化してしまった。

それぞれのファンの皆様、スイマセン。ちょっと言い過ぎました。

で、スーパーアリーナでのこと。今回のツアーは特定のアルバムの曲に偏らず、新旧の人気曲中心の構成だ。ファンとしては感涙ものである。


というわけで、なんと年甲斐もなく5回も涙をこぼしてしまった。われながら不思議な気分だった。あれが「音楽の力」なんだろう。心の奥底のほうからジュワーって熱いモノが湧いてきて全身に染み渡る感じだ。

知らない人には分からない話で恐縮だが、まずオープニングの「路地裏の少年」で高校生の頃を思い出してボロボロ、「19のままさ」で大学生の頃を思い出してポロリ、「Midnight Blue Train」で青年時代を思い出してボロボロになった。

その後、「ON THE LOAD」でポロリ、そしてナゼか「J.BOY」でもホロホロしてしまった。

ハマショー師匠にとって一種の代表曲である「J.BOY」は発表から今年で30年だとか。あの頃、熱い思いで聴き込んでいたファン達は誰もが「J.オヤジ」になった。「J.ジジイ」も結構いた。

2万人を超える中高年のオッサン達が一体になってあの歌を合唱している光景に妙に胸を打たれた。皆が皆それぞれの人生を背負い歩んでここに再結集したような不思議な感覚に包まれた。

それにしても今さらライブで、しかもノリの良い曲で涙がポロポロ出ちゃうなんて、自分の感性もまだまだ捨てもんじゃない。

そう考えたのだが、よくよく考えればちょっと違う。

加齢である。歳を重ねるごとに涙もろくなったから、そういう物理的な理由で5回も泣いちゃったんだと思う。ちょっとシャクだ。

そこまで感激したくせに最後のアンコールを前に会場を後にする。帰りの大混雑がイヤだっただけでなく、その日は日本シリーズの最終戦だったから首都高速をかっ飛ばしてテレビ観戦のために帰宅した。

せっかく抽選でチケットを手にしたにもかかわらずファンとしてダメダメな行為である。


せめてもの罪滅ぼしにツアートラックを模したミニカーを買ってしまった。意味不明である。

まあ、参拝ついでにお守りを買うのと同じようなものだろう・・・。