2012年12月17日月曜日

いにしえの野球選手

昔のヒーローといえば野球選手だった。

小学生の頃、巨人ファンだった祖母に連れられ、しょっちゅう後楽園球場に足を運んだ私だが、子どもから見た野球選手は神様みたいな存在だった。

ある日、試合後、球場近くを歩いていたら脱兎の如く走ってきた大男とぶつかりそうになった。ファンから逃げてきたジョンソン選手だった。

「ジョン損」と呼ばれて散々な目に遭っていた大リーガー(当時はメジャーリーガーとは言わなかった)の大男だ。

脅えた顔で逃げてきた彼は一瞬、私にすがるような目をした。とはいえ私は子どもだ。オドオドしていただけで、ジョンソンは「ちぇ、話にならないぜ」と言いながら?去っていった。

高田選手の大ファンだった私だが、当時の巨人選手の名前は背番号順にすべて覚えていたほどで、いまも懐かしく思い出す。

衝撃的だったのは「張本入団」である。パリーグの暴れん坊というイメージだった彼は、巨人に来た途端、王選手の露払いかのように紳士的におとなしく過ごしていたが、バッターボックスから滲み出る迫力は、巨人選手しか知らなかった私を畏怖させるには充分だった。

そんな「張さん」に先日、とある店で遭遇した。ちょっと興奮した。仕事柄、著名政治家とか文化人枠?の人と接する機会はあるが、スポーツ系の有名人と会う機会はない。

小沢一郎が隣の席でカレーライスを食べていた時よりも100倍は興奮した。

イマドキの野球少年が大人になった時に、イチローと遭遇するようなものだろう。気分は途端に子どもの頃に戻った。

店の人の計らいで挨拶させてもらって握手もしてもらった。すっかり野球少年モードになった。

いまでは、すっかり「張本イコール“渇のオッサン”」だが、とにかく野球界では凄い人だった。

ちなみに、昔の有名スポーツ選手が老境に達して、イロモノみたいに扱われているのを見ると少し切ない。

ボクシングでは具志堅の圧倒的な強さに国民は皆熱狂したのに、いま彼がテレビに出てくると、皆が笑う準備をしてしまう。ちょっと切ない。

ガッツ石松にいたっては論外である。「幻の右」に熱狂した記憶は遠くなり、きっと若者からはお笑い芸人だと思われているのだろう。

子どもだったからそう思うのかもしれないが、昔のスター選手はもっと神秘的だった。変なバラエティ番組でイジられたり、便利屋みたいに軽薄な番組でへらへらしていなかった。

あの神秘性がなくなっちゃったのは残念な気がする。

野球選手で言えば、巨人ファンの私から見ればパリーグの野村とか東尾、山田久志、村田兆治とか鈴木啓示あたりは、独特な存在感があった。ほかにも阪急の長池、福本とかロッテの有藤とか、クセモノばかりで巨人と当たらなくて有難く感じたほど恐い存在だった。

セリーグでは大洋の平松とかヤクルトの松岡、中日の星野、広島の外木場あたりは物凄く迫力のある存在だった。ヤクルトの大杉とか大洋の松原とか、数え上げればキリがない。シピン、ボイヤーの米国的迫力コンビも絵になっていた。

なんか「張さん」のせいで、昔の野球のことばかり思い出してしまった。

あの頃、野球選手と言えば、決してスタイリッシュではなかった。ちょっと野暮ったい感じで多くの選手がビミョーなパンチパーマで私服姿などは「白いパンタロン」みたいな感じだった。

でも、その変な感じが、野球界という異質な空間を芸能界とは一線を画した確固たるものとして象徴していたように思う。

なんか懐古趣味に走ってしまった。

結論がまるで無い話になってしまってスイマセン。

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