2008年6月18日水曜日

コメと酒の話


先日、銀座のおぐ羅で、おでんをつまみに燗酒をしこたま飲んだ。この店、燗酒は黒松白鹿のみだが、錫のやかんでじっくり暖めてくれて、店主自らおちょこを口に運び、熱さを確かめながらコップに注いでくれる。

日本酒はしみじみ美味しい。焼酎に押されて消費量は減る一方だそうだが、食べものとの組み合わせ次第では、やはり焼酎より日本酒を選びたくなることは多い。

年とともに燗酒が好きになった。若い頃は純米大吟醸バンザイって感じで、そればかり有難がったが、最近はこだわりがさほどなくなってきた。旨ければバンザイだ。

純米大吟醸のように日本酒をキンキンに冷やすようになったのは、戦後、冷蔵庫が普及してからのこと。常温か燗が日本酒の飲み方としてはごく普通であり、私の場合、常温は苦手なので、燗酒を楽しむことが多い。

夏場は、クーラーで冷えた身体に冷たい生ビールを流し込んじゃうわけだから、ふとしたときに呑む燗酒がかえって身体をリフレッシュしてくれる。近代化した都市生活では、意外に夏こそ燗が合っている気がする。

冷酒も嫌いではないが、あのキリッと美味しい感じより、燗酒のジュンワリ美味しい感じのほうが、最近はお気に入りだ。

純米酒ならたいてい燗をつけても味は崩れないし、純米吟醸だってぬる燗にしたほうが味わいが広がるものも多い。

新人記者の頃、東京・王子にあった醸造試験所をたびたび訪れた。酒税の管轄の関係で国税庁の一機関なのだが、農大とかを出た技官の人々が、日夜お酒の研究を行っている。

新人記者の私は、ここの所長さんに連載原稿を頼んでいた関係でちょこちょこ出入りした。といいながら用もないのに出かけて行って、昼間から珍しいお酒を味見したり、技官の方々の酒談義を聞かせてもらったり結構楽しんでいた。

いま思えば、これ以外にも、大した用もないのに税関に顔を出して、調査船が持ち帰った南極の氷で水割りを飲ませてもらったり、不真面目なことが多かった気がする。反省。

さて醸造試験所の話。私が頼んでいた原稿の筆者は、かなりの悪筆。当時は原稿といえば手書きが主流。悪筆の解読には馴れていたが、専門用語なんかはお手上げ、読めない。必死に調べたり、前後の原稿を熟読したりそれなりに苦労した。そのお陰で、日本酒の特徴や歴史とか文化などを知らないうちに勉強できた。

技官の方々は、人事異動で各地の国税局に転勤になることが多い。各国税局に設置されている酒類鑑定部門に配属されるわけだが、顔見知りになった技官の方々を追っかけて、各地の美味しいお酒をご馳走になったこともあった。われながら何をしていたのかと思う。若さゆえの図々しさは恐ろしい。

焼酎ブームの理由はいろいろあるが、大きな要素が抜栓後の劣化問題だろう。やはり焼酎など蒸留系は、日本酒やワインのような醸造系より劣化しない。飲食店でラインナップする際にこんな便利な話はない。

私の場合も、飲食店で日本酒を注文する場合、燗酒はともかく、冷酒を頼む際には、いつ抜栓したものなのかが気になる。多少わがままが言える店なら、飲み物メニューにずらっと日本酒の銘柄が並んでいても、銘柄は無視して、抜栓したての酒がどれかを確認する。

幻の酒だとか大人気のお酒だって、空気抜きもしていない一升瓶の底に残った部分がうまいはずはない。銘柄はともかく、やはり口開けの酒がおいしい。

あれこれ書いたが、日本酒に惹かれる大きな理由はやはり米食文化につきる。いうまでもなく主食が米であり、おかずやつまみだって米に合うかどうかで進化してきたのが日本人の食卓だ。日常的に食べているものに日本酒が合わないほうがおかしいわけで、単純な話ではあるが、結局はDNAの問題かもしれない。

寿司屋で呑みたくなるのはやはり日本酒。焼酎もうまいが、つい米と米の融合に魅力を感じる。だったら米焼酎でもいいじゃないかという意見もあろうが、個人的に好みでないので、やはり日本酒。

そんな話をとある寿司屋で一生懸命話していたら、面白い酒を出してもらった。冒頭の画像がその正体。石鎚という愛媛の酒蔵が出している焼酎。一応、米が原料なのだが、米焼酎ではなく、あくまで粕取焼酎だ。カストリというだけで、三流酒のようなイメージがあるが、この焼酎、物凄く美味しかった。

純米大吟醸を造る過程で生まれた酒カスを使って蒸留した焼酎で、濃いめの水割りで味わうと、焼酎なのに純米吟醸酒っぽい風味がタップリでなんとも楽しい。寿司に抜群に合う焼酎だ。大注目!

気にいったので早速自宅用に取り寄せたが、調べてみると、清酒を造る過程の酒粕を原料にしたこの手の焼酎は、結構世の中にあるようで、今後、いろいろな銘柄を試してみようと思う。ありきたりの焼酎に飽きてきた人にもお勧めです。

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