2008年1月10日木曜日

大澤恒夫さんの器

釉薬を使わず、絵付けもしない。ただ土を整形して焼き上げる。備前焼を単純に表現するとこんな感じだ。こう書くと実に味気ないが、1300度もの高温で1週間ほどにもなる窯焚きの洗礼によって、備前焼の肌はドラマチックに生まれ変わる。

窯の中に置かれた位置、焼成時の温度や湿度、そして作者の計算と情念が混ざり合って器にさまざまな表情が生まれる。豪快で男性的な印象の備前焼が大好きで、随分と集めてきた。酒器を中心に壷や食器、花入れにいたるまで家中に備前焼がある。

中心的な産地である岡山県備前市伊部周辺にも何度も出かけた。陶芸家にも随分と会ったが、好きな作家の一人が大澤恒夫さんだ。まだ40代前半。陶芸家としては若手だが、子どもの頃から古備前が好きだったというモノズキだけに、作品の雰囲気も伝統と若々しさが合わさった感じ。

家業として陶芸家を継いでいる人であれば、個展デビューなども早くに済むし、販路も既に持っているが、彼のように地元以外から徒手空拳で備前焼の世界に飛び込んだ人間が、独立して活躍するには相当な苦労があったと思う。

実際に会ってみると、そんな苦労めいた雰囲気は感じさせず、かといって陶芸家の先生然とした変な空気もなく、実に実直で明るく気分のいい人だ。

工房兼自宅の周囲は、田畑しかない。いかにも淋しげな場所だが、彼曰く、夜に見上げる星空は圧巻で月見酒が最高だとか。流行の焼酎には目もくれずに日本酒を好む大澤さんだが、お気に入りの肴は、自宅周辺の素朴な自然そのものなのだろう。

大澤さんの作品の中でも、とくにいいのが徳利。鶴首型のフォルムは実にバランスに優れ、彼が畏敬する古備前の名品を思わされる美しさだ。晩酌のとき、彼の徳利を使っていると、ぐい呑みを手にしている時間より、徳利の丸味を帯びた腰の部分をなで回している時間の方が長くなってしまう。

彼の作品に限らず、備前焼は水に濡れたときの器肌のしっとり感がなんとも魅力的だ。お燗酒もいいが、キンキンに冷やした酒を徳利に入れておくと、いわゆる器が汗をかいた状態になり、肌合いは俄然変化する。

土そのものの風合、自然そのものの無骨な器が水という命を吹き込まれることで、途端に生き生きとした生命力を発揮し始める。

酒器に限らず、刺身を盛る中皿、珍味類を盛る小皿、季節の花を生ける花器などいずれも水につけてから使うと無愛想だった器達はたちまち艶っぽくなる。

平凡な日常の中のなかでも器という身近なアイテムにこだわることで気付いたり感じることは多い。外食と違って、家メシ、家酒の時ならではの遊びとしては、器道楽はオススメです。

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