2018年5月23日水曜日

Amazonに支配される


「Amazonによる世界支配」。経済誌などで見かけるフレーズだ。確かに5年10年後は更に進化しているだろうAmazonによって生活スタイルは大きく変わるのは確かだろう。

なんだか堅苦しい書き方になってしまったが、凡人である私は既にAmazonに支配されながら暮らしている。便利なんだからブツブツ言ってもしょうがない。


注文履歴を見てみたら2005年にELOのCDを買ったのが初めてのAmazon体験だった。その後、本の購入を中心に活用してきたが、6年前にシングルライフに移行してからは、何でもかんでもAmazonである。

プライム会員だからFireTVも視聴している。Amazonパントリーも活用している。恥ずかしくて店頭で買えないようなものもAmazonのおかげでワンサカ購入している。

注文履歴がいつまでも残ってしまうのが迷惑だが、「非表示」にする機能のおかげで何とかなっている。


注文履歴をもとに勝手に表示される「アナタへのおすすめ商品」も非表示にした商品に関連するものは出てこない。とりあえず助かる。

最初の頃は、突如、おすすめ商品としてセクシーTバックショーツとか、ここでは書けないような商品がバンバン表示されたので大いに困った。

娘に何かをねだられて、二人でパソコンを開いていきなりそんな商品ばかり表示されたら父親の威厳などゼロ以下になってしまう。

まあ、非表示にした商品もパソコンから注文履歴を見ればすぐにチェックできちゃうから油断は出来ない。

ただ、スマホから見る場合には、非表示にした過去の注文はナゼか見ることができない。再度買い直す場合にはそれはそれで不便なのだが・・・。

まあ、とにかく娘とAmazonを使う場合にはスマホ限定が鉄則である。

それにしても私が非表示にした注文が「28件」もあるのは問題である。1件の注文ごとに複数の商品を購入しているから、合計では結構な数になる。ビミョーだ。

ナイショにしたいような商品も膨大な種類が用意されているわけだ。Amazon恐るべしである。おまけに例の箱で配達されるわけだから、中に入っている商品名が記載される心配はない。さすがだAmazon!

何が便利かって言えば、クチコミでその商品の実情がチェックできることだろう。ナイショにしたいグッズも商品画像だけでは意味不明でも、クチコミを読むことで正しい使い方が分かったりする。

ヘンテコグッズの話ばかり書いてしまいそうだから軌道修正。

どこで買ったらいいか分からないような商品を探すのにもAmazonは便利だ。


縁起を担いで盛り塩をしようと思った時も専門の商品がすぐに見つかった。一応、縁起の良い塩に縁起の良い皿らしい。

わざわざ買いに行くのが面倒な商品もAmazonである。靴下や下着なんかも注文する。

実店舗で目で見て手で触れて買った商品が気に入った場合、その商品名をAmazonで検索すれば、たいていはヒットする。以後はAmazonで注文すれば済む。

多くの商品が翌日には配達されるから、Amazon支配が今後もどんどん進むのは間違いないだろう。


私の場合、荷物はすべて会社に送らせている。不在の際のドタバタが面倒だからAmazonに限らず、ふるさと納税の返礼品や選挙の投票用紙も職場に届く。

Amazonの箱は、中味の商品名が記載されていないから誰に受け取ってもらっても安心である。

過去に一度、箱が破損したので中味が無事かどうかをチェックしろと配送業者に言われたことがある。無事を確認したら専用用紙にサインするルールになっているようだ。

あの時はビビった。ヤバいグッズだったら会社の人々の前で私の性癖?が暴露されてしまう。こっそり破損した箱の中身を覗いたのだが、梱包されていたのは普通の本だった。ラッキーだった。

必要以上に堂々たる態度で箱の中身を取り出して確認してみせたのだが、実は冷や汗バリバリだったことはナイショだ。



ウダウダ書いてきたが、過去の履歴をたどってみれば私の日常がそのまま反映されている。

肩凝り対策用に買ったハンドマッサージャー、ひも付きティーパックの割に物凄い美味しいお茶、生卵ご飯用の専用醬油、ハゲ予防用のシャンプー、お菓子のまとめ買い等々、私の日常はAmazonのおかげで成り立っている。

2018年5月21日月曜日

さらばヒデキ


週末のテレビはヒデキ追悼企画で盛りだくさんだった。西城秀樹といえば中高年世代にとって「スター」そのものという存在だった。


ヘソ毛周辺、いや下半身の体毛ボワボワ状態が“ギャランドゥ”と呼ばれるようになったのもヒデキの功績だ。

男まで全身をツルンツルンにする今の時代から見れば、芸能人水泳大会におけるヒデキのワイルドな勇姿は、昭和という時代の象徴だった。

女子からみればセクシーな存在だったようだが、当時の男の子達もヒデキから「男とは」を学んだような気がする。

郷ひろみ、野口五郎と三人セットで語られる場面が多かったが、個人的にはヒデキの存在感が突出していたように思う。

少なくとも、そのカッコ良さに男の子が憧れるという意味では他の二人を圧倒していた気がする。

ちなみに、ギャランドゥをそっちを指す隠語のように使い始めたのはユーミンが最初らしい。ワイドショーで知った。それはそれでビックリだ。

さて、ヒデキの溢れ出るようなパワーはテレビ画面の中でもずば抜けていた。絶唱系といわれた激しい歌唱法も独特だった。

歌唱力ウンヌンで語られることは少なかったが、物凄く歌が上手だった。まさにプロの歌だ。沢田研二も相当だったが、ヒデキの歌唱力もピカイチだった。

「傷だらけのローラ」や「ブーメランストリート」なんてヒデキ以外にはサマにならない。郷ひろみや野口五郎が歌ったところで、あの世界観は出せない。

オフコースの名曲「眠れぬ夜」をカバーしていたのも印象的だ。小田和正の世界である。あの声で歌われている歌をカバーしようという意欲が凄い。しっかりヒデキ節で消化しちゃうところがさすがだった。

私が初めて至近距離で目撃した芸能人がヒデキである。小学校高学年の頃、何かのコネで日本テレビ歌謡祭という番組収録を見学に行った。

裏口の通路みたいなところで白い衣装を着たヒデキが立っていた。桜田淳子目当てでキョロキョロしていた私の目に飛び込んできたヒデキは異様なまでのスターオーラをまとっていた。

「顔が小っちぇ~」。それが私の印象だった。あのカッチョ良さは別な宇宙の生き物のように見えた。生ヒデキを目撃しちゃったせいで、その後のヒデキの活躍から目が離せなかった。

今も私はカラオケで「ブルースカイブルー」を歌う。「ブーツを脱いで朝食を」も歌う。数年前にギターを衝動的に始めた時も「薔薇の鎖」を練習用にジャカジャカ弾いていた。

「ブーツを脱いで朝食を」に関しては、私がボーカルのオヤジバンドのライブで過去に2回も披露した。

ある時はライブのオープニング曲に選んだ。とはいえ、私の歌唱力では迫力あるヒデキ節には遠く及ばなかった。人様の前で歌ってみて改めてヒデキの凄さを痛感した。

彼の一番のヒット曲「ヤングマン」をバンドの演目にするかどうかでモメたこともある。歌詞の内容が中年男が歌う感じではないという理由で私が拒否したのが原因だ。

ヒデキは不自由な身体で倒れるまでヤングマンを歌っていた。そう考えると自分の狭量な感じが情けない。ヒデキへのリスペクトが足りなかったわけだ。ちょっと反省。

バンドメンバーの友人もヒデキロスが激しいようで、彼が日々更新しているブログでどのように追悼しようか悩んでいた。彼のブログはラーメンブログである。ヒデキとどのように結びつけるのだろう。。。

最近は相次いで星野仙一、衣笠祥雄といった私が野球少年だった頃のスターが逝ってしまった。今度はヒデキだ。さすがに63歳は若い。素直にショックである。

カラオケでヒデキの歌を熱唱して追悼したい。

2018年5月18日金曜日

“ベシャメラー” 南蛮銀圓亭


しょっちゅう寿司だウナギだと騒いでいる私だが、食べ物のジャンルで何が一番好きかといえば「洋食」だ。

定義付けが厄介だが、簡単に言えば「日本で独自に進化した西洋風の料理」である。クリームコロッケやタンシチュー、オムライスやハヤシライスなどの総称だ。


文明開化メシとでも呼ぶべきジャンルだろうか。都内に洋食屋が1500軒もあった明治後半には「和洋折衷料理」という言葉もポピュラーになったらしい。ご飯に合う西洋風の料理という意味では的確な呼び方だ。

ポークカツレツを元祖にしたトンカツなどは今では日本料理と言ってもいい。ご飯に味噌汁、それに漬け物が不可欠だから洋風イメージではない。店の雰囲気まで民芸調が主流だ。

私の洋食好きは浅草育ちだった祖父の影響も大きい。大正デモクラシーの頃の浅草は日本最先端の街だったから、それこそハイカラな食べものだった洋食への祖父の想いはかなり強かった。

実際に、晩年も根岸の「香味屋」にビフカツを食べに行っていたし、普段から和食より洋食を好んでいた。

さて、コメに合う西洋風の料理といっても、西洋風という言葉自体が今の時代では既に曖昧だ。

大半の人が、椅子の暮らしが基本で洋服を着てベッドで寝ている。着物や畳といった典型的な和の世界以外は、いわば「洋」だ。そういう意味では洋食というジャンル分け自体が賞味期限切れなのかもしれない。

ついでにいえば、沖縄発祥のタコライスだって、コメに合う洋風のものという意味では純然たるニッポンの洋食だし、モスのライスバーガーも同じだ。

まあ、このあたりをウダウダ書いているとキリがない。兎にも角にも洋食バンザイを書きたいわけだ。


先日、久しぶりに銀座の「南蛮銀圓亭」に出かけた。洋食の名店の一つだ。銀座エリアには洋食屋さんがいくつもあるが、この店は価格面や雰囲気などトータルで使い勝手の良い店だと思う。

仰々しい感じが強すぎても落ち着かないし、カジュアルすぎると使い勝手が制約される。その点、この店の立ち位置は、デートに良し、接待もアリ、はたまたカウンターの端っこに陣取れば一人メシも問題ナシである。


前菜がちょこちょこオーダーできるのが酒飲みには嬉しい。オードブルの小皿盛りが、3皿、4皿、6皿、8皿から選べる。一つがちょこっとだからアレコレ選ぶ楽しみがある。この画像はトリッパ。

ワガママな私に嬉しいシステムだ。一般的なオードブル盛り合わせだと、食べたくないものも入っているし、コース料理だってお仕着せの野菜なんかを食べないとならない。

いい歳して好き嫌いが多い私がダメダメなのだが、ダメダメなまま生きて行くと決めている以上、オーダーの自由度が高い店はそれだけで有難い。

カルパッチョやテリーヌのような前菜をいくつか頼んで酒をグビグビしてホロ酔いになった頃に一品料理の登場である。


ベシャメルソースが大好きな私としてはクリームコロッケは欠かせない。画像はカニとエビを一つずつ盛り合わせてもらったバージョンだ。

クリームコロッケってどうしてあんなにウマいのだろう。いつだって顔がほころぶ。“ベシャメラー”である私としては、死んだ時に棺に入れてもらいたいと思えるほどだ。

上に載せた画像のグラタンもベシャメルソースだ。味の傾向がかぶってしまうが、かぶって結構、かぶってくださいって感じである。


この日のシメは子羊のグリル。かなり美味しかったはずだが、私の記憶にはベシャメルソース系ばかりが強く残っている。

分かったように書いてはいるが、平たく言っちゃえば私の味覚は基本的に「お子ちゃま」なんだろう。

でも、お子ちゃま感覚だってバカにしたものではない。世の中の子どもは世間体や店の雰囲気、他人様の評判など気にせずに、自分にとってウマいかマズいかを判断する。

うん、もっともらしい言い訳だ。

ベシャメルソース、デミグラスソース、そしてタルタルソースにケチャップ味etc.全部が大好きだ。

きっと、子ども時代に感激した「デパートの食堂のお子様ランチ」が原点なんだろう。あれを食べる時に感じたワクワク感、アゲアゲ気分を味わいたくて、今も洋食を追いかけているのだと思う。


2018年5月16日水曜日

チン毛の引っ張り合い


もう2年ぐらいウチのダウンちゃんの話に触れていない。11歳になるダウン症の息子の話だ。

悲惨な事件に絡んで触れた時と近況報告的にアレコレ書いた時があったが、最近はネタ不足?である。

http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2016/08/blog-post_15.html


http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2016/05/blog-post_16.html

とはいえ、このブログの分析データを見ると、ダウン症関連のキーワードから覗きに来てくださる人が多いので、たまには現状報告を兼ねた話を書いてみたい。

あっと言う間に小学校6年生になった。幼稚園から高校までつながっている支援学校に通っているおかげで、進路の問題で悩まずに済むのは有難い。

同じダウン症の同級生達とも仲良く学校生活を送っているが、学習能力面での差が大きく開いてきているのは確かである。

ウチのダウンちゃんは残念ながら読み書きがちっとも出来ない。一応会話はマメにしているのだが、発音が悪いから親でも半分は意味不明だ。

同級生の中には読み書き、発声ともにしっかりこなす子もいるから、同じ授業を受けさせる先生達は大変だと思う。

先日、支援学校の運動会があった。リレーに出場していた我がダウンちゃんは、ちゃんとリレーの原理原則が理解できていた。

そんなことで喜ぶのも大げさだが、低学年の頃は、そもそも競うという感覚が乏しく、白線に沿って一週を急いで走るということを理解させる必要があった。

今年はバトンもしっかり扱い、いっぱしの顔でリレーをこなしていたから着実な進歩である。

平和絶対主義みたいな精神性は相変わらずで、その点は感心する。喧嘩はすぐに仲裁するし、近くで誰かが争っていること自体が彼の大きなストレスになるらしい。

ダウン症の特徴の一つが穏やかで優しいということ。その傾向はアイツが物心ついてから一貫している。私も見習わないといけない。

ただ、言語能力に劣るせいもあって、気を引きたいときにイタズラをするのは困りものだ。健常児だったら幼いうちにそんな時期は過ぎるのだろうが、アイツはいまだに突拍子もないことをする。

先日も我が家に泊まりに来た時に、私が目を離したスキに勝手に風呂に入り、一人でシャワーをぶちまける遊びに励んでいた。

シャワーを水の状態で出しっ放しにして浴室内にまき散らす。私がヤツのアバンギャルドな行動に気付いた時には、保温されていた浴槽は水風呂状態である。

慌てて私も参戦し、水風呂を追い炊きしてヤツを茹でダコになるまで温めたが、当然のように反省のそぶりはない。

勝手に家の外に出て行ってしまう脱走癖はだいぶ治まってきたが、油断すると勝手に出かけようとするのも困りものだ。ヤツの家には対策装置が設置されたが、私のマンションにはそんな便利なものは無い。仕方なくAmazonで買った人感センサーを玄関ドアのそばに用意している。脱走しようとしてもケタタマしいブザーが鳴るので安心だ。




最近はキャスター付きバッグを転がすことが何より楽しいらしく、我が家に遊びに来ても狭い室内で引きずって遊んでいる。

仕方ないから散歩の時は常に空っぽのキャスターバックをヤツに引っ張らせる。はじめは違和感バリバリだったが、思わぬ効果もあった。

キャスターバッグを引きずっているせいで、突然走り出すことがなくなった。おまけにガラガラと引きずっている音がするから少しぐらい目を離しても位置が把握できる。これは便利である。

娘と息子がセットで遊びに来ることも多い。日頃の愚痴などをしゃべりたい盛りの娘とキャスターバッグに夢中の息子と3人で散歩に出ると、娘はピーチクパーチク語り、息子は黙々とキャスターバッグを引きずるという謎の展開になる。

娘と並んで話に相づちを打ちながら歩いていても、ヤツはゴロゴロガーガー音を立てているから視界に入っていなくても位置確認が出来て便利である。

身長も150センチを超えてきた。チン毛もしっかり生えてきた。まだまだ幼い面ばかり目立つのにチン毛ボーボーである。ちょっと笑える。

一緒に風呂に入ると、ついついヤツのチン毛を引っ張りたくなる。スキをみて引っ張るとヤツも負けじと私のを引っ張る。お互い激痛に身をよじりながら意味不明なコミュニケーションに励んでいるわけだ。

私が前の家を出て6年以上が過ぎた。ちょくちょく会っているが、一緒に住んでいるわけではないので、あまりご立派な考察は出来ない。でも、ヤツが持っている天性の大らかさと周囲をホッコリさせる「気」のようなものは独特だと感じる。

ダウン症の子どもに共通する能力みたいなものだと思う。もちろん、ため息をつきたくなることも多いし、不安要素も数え切れない。

とはいえ、一喜一憂したところで仕方がない。子を心配する親の気持ちは健常だろうとそうじゃなかったとしても同じと言えば同じである。

ウチのダウンちゃんは、定期的にヤツの家から遠くない距離にある施設に泊まりがけで預かってもらっている。将来的には施設暮らしの可能性もあるので、早めに慣れておくことも必要だ。

最近では、施設に泊まることに抵抗感が無くなってきたようで、ホームシックで泣くこともないらしい。

不憫に思うことはいっぱいある。極端に言えば、すべての部分を不憫に感じる。でも、不憫に感じる私の感覚は、しょせん私が健常者として生きてきた価値観から生まれたものでしかない。

ヤツはいつも楽しそうにしている。ウツウツとしていることは無いし、常に自分が楽しいと思えることを見つけ出す。

幸せという概念を本人がどのように感じているかは分からないが、少なくとも不幸な様子には見えない。

バカッ面で平和そうに眠っている姿を見るたびに、個人個人の幸せや充実度は他の人からは計り知れないものだと痛感する。

なるようにしかならない。投げやりな言い方だが、行き着くところはそんな言葉かもしれない。いや、大過なくそうであって欲しいと思う。

2018年5月14日月曜日

贅沢食い バチ当たり


子どもの頃、食べ物を残すとバチが当たると言われた。ご飯を一粒でも残そうものなら祖母からキーキー言われた。

大人になってもその教えを守り続けたせいで、体重はどんどん増えてしまった。

私が肥えているのは実家のしつけのせいだと思う。うらめしい。

食べ物を残す。これって確かに罪悪感にさいなまれる。人目があったら尚更である。外食の多い私としては困った問題だ。

その分、人目に付かない時の私のふざけた食べっぷりはバチあたり極まりない。贅沢ざんまいである。

時々、無性にカップ麺が食べたくなる。コンビニで物色するが、どれもウマそうに思えて2つ買って一度に食べてしまう。ひどい時は3つ買うこともある。

もちろん全部は食べない。残すのは分かっているのに複数の味を楽しみたいという贅沢モードになってしまう。まさにバチあたりだ。

その気になれば2つ3つ食べるのは難しくないが、健康を考えたら残さないといけない。あくまで身体のために残す。そんな言い訳が常に頭に浮かぶ。


シュークリームの残骸の画像だ。これも贅沢食いである。外側だけ残して中味をすする。シュークリームは中味がウマい。外側は付け足しみたいなものだ。

私に言わせれば、炭水化物ダイエットに励んでいる人と変わらないと思う。せっかく出された定食のご飯を平気で残すよりもシュークリームの外側を残すほうがマシだと思っている。

年に2,3回、マックのハンバーガーが食べたくなる。贅沢食い、いや反則食いをするために店では食べずにデリバリーを活用する。人様には見せられない。

意地汚いから5種類ぐらい頼む。とはいえ、さすがに食べきれないから、パンの部分を8割ぐらい残して中味だけムホムホとがっつく。

パンを残せば5種類ぐらいペロっと食べられる。物凄い罪悪感だが、ちゃんと全部食べたらぶくぶく太って成人病になって、医療費がかさんで国家に迷惑をかけるから仕方がないと自分を納得させる。


こんな話を書くと世間様から糾弾されてしまうが、私にとって究極の贅沢がこれだ。

パッと見は謎の物体だが、実はピザ生地である。

ピザの上だけを食べてパイ生地を残すという暴挙の果ての姿である。

以前、ダイエットに励んだときに開発?してしまった反則ワザである。野菜や海草、サラダチキンばかりで苦戦していたストレスを発散するために「ピザの上だけ」を食べてみた。

モサモサした生地が無いほうが逆に美味しく感じてしまい、その後もごくごく稀にだが、そんな食べ方をしてしまう。

「ピザーラ」関係者の皆様、本当にスイマセン。

酸いも甘いも噛み分けたはずの大のオトナとして恥ずべき行為なので、これを機会にちゃんとしようと決意している。

そう言いながら、昨日もコンビニで買ったモンブランの上だけ食べるという贅沢をしてしまった。

やはり独り者という身勝手な生き方が影響しているのだと思う。

ちゃんと家庭があれば、さすがに家族の目というけん制効果によって、あまりにインチキな食べ方にはブレーキがかかるはずだ。

そんなつもりはないのだが、これって一般的には「生活が荒れている」という範疇に入ってしまうはずだ。

誰のせいだろう。

自分のせいだ。

ここで懺悔したことを機にちゃんとしようと思う。

2018年5月11日金曜日

オリンパス「TG-5」で撮ってみた


気付けばダイビングを趣味にして30年以上が過ぎた。水中撮影歴も同じぐらいになる。

その昔、重たい一眼レフをこれまた重たい金属製ケースに入れてエンヤコラと潜っていたのだが、今ではコンパクトカメラをプラスティック製のカバーに入れてお手軽に撮影している。

ダイビングの世界においてここ20~30年の間で一番変わったのが水中撮影機材だと思う。昔の苦労は何だったんだと言いたくなるほど気軽に綺麗な写真が撮れるようになった。


今回のフィリピン・ボホールへの旅には、オリンパスのコンパクトデジカメ「TG-5」を持参した。今では使用禁止用語になったが、いわゆるバカチョンカメラである。

オリンパスのカメラには水中モードが登載されている。海の中を考慮した露出調整などが優秀で、いわゆる青かぶりをクリアする綺麗な発色が特色だ。

水中モードに設定して構図を決めてシャッターを押すだけで、その昔なら七転八倒して撮ったような写真が簡単に写せる。

ある意味、拍子抜けする。苦労して撮れたという感動がない。デジカメだから撮影枚数は無制限だし、当然だがその場で出来映えも確認できる。

ふた昔前は、水中でフィルム交換は無理だから最大でシャッターは36回しか切れなかった。出来映えも現像するまで分からなかった。

今は別世界にいるような感じだ。まあ、昔を懐かしむより現在の便利さを享受した方が建設的である。四の五の言わずに文明の利器にお世話になればいいのだろう。

でも、シャッター1枚1枚に“勝負”していたような感覚があった昔のほうが正直言って楽しかった。


さて、エジプトやカリブ海、はたまたパプアニューギニアやアジアの秘境みたいな海でヘンテコな魚を必死になって撮影してきたが、今の私は単純に気持ちよい写真が撮れれば満足である。

一周回って原点に戻ったような感じだ。得体の知れない魚に出会うよりボンヤリとクマノミを眺めたり、綺麗なサンゴを見ている方が幸せな気分になる。

ワイドな画像は外付けのフィッシュアイコンバージョンレンズを装着して画像を150度ぐらいまで広げて撮影している。

画像クリックで拡大されます。




伊豆の大瀬崎で30ウン年前にダイビングの講習を受けた際、寒くて濁っていた海にゲンナリした。雑誌に載っているような青くて美しい水中景観に憧れたのが、こういう画像を撮りたくなる原点だ。

水中写真の世界は、小さな魚を接写するいわゆるマクロ撮影が主流だが、やはり広がりのあるワイド画像は捨てがたい。

オリンパスの水中モードは、比較的浅い水深の景観なら自然光でも充分に被写体の色を再現してくれる。今回の浅瀬のサンゴ画像は多くがストロボの電源をオフにして撮影した。


水深5メートルぐらいでの一枚である。太陽光の位置が丁度良かったからストロボ無しで充分に綺麗に撮れた。オリンパスさまさまである。

今どきのコンパクトカメラは色彩表現も豊かで、一眼レンズにかなり近いレベルに進化している。

全長1センチ程度のガラスハゼである。結構シャープに写っている。今の私にとってはこのぐらい写せれば満足である。



マクロ撮影の画像を続けてみる。小っちゃいエビを2種類とヤマブキハゼ、ウミウシ2種類である。






オリンパスのコンパクトカメラは「TG-1」「TG-3」も使ってきたが、「TG-5」はオートフォーカスの迅速さが更に向上したようだ。

露出補正ダイヤルも操作しやすくなり、専用の水中用ハウジング(防水ケース)の使い勝手も良くなった。

特別に凝りまくった写真は別として、普通に綺麗な水中写真を撮りたい人にとっては、もはや完成域に達したレベルと言っても大げさではないと思う。

ついでにアレコレと画像を載せてみる。












20年ぐらい前のほうが斬新でカッチョいい写真が撮れていた。情熱が燃えたぎっていた頃とホゲホゲした気分で潜っている今とでは、出来映えが違うのも仕方がない。でも、ヘトヘトになって潜っていた頃と今とどちらが楽しいかと言えば、今のほうが楽しい。

そういう達観も人生後半戦には必要だろう。

2018年5月9日水曜日

フィリピン・ボホールの旅


セブ島から高速フェリーで2時間の距離にあるボホール島。まもなく新しい国際空港も出来るそうで、いまフィリピン政府がグイグイ推しているリゾート地である。

17年ぶりに行ってみた。さすがに随分変わっていた。思った以上に観光客で溢れていた。4月に入ってから手配したのだが、人気ホテルはすべて満室で、かろうじてダイビングに便利な手軽なホテルが確保できた。


フィリピンの人気リゾート・ボラカイ島が衛生問題の改善を理由に4月から半年間閉鎖された影響もあるようだ。その分、観光客がボホールにも流れてきたみたいだ。

なにかと強権を発揮するドゥテルテ大統領の豪腕ぶりに私も影響を受けるハメになるとは思わなかった。




泊まったのは「ロストホライズンビーチリソート」。私専用のワガママチャーターダイビングのアレンジを受けてくれたダイブショップに隣接していたから非常に便利だった。

ベーシックな部屋で1泊7千円ぐらい。古めかしいエアコンの効き目がイマイチだった他は問題なく、寝るだけなら充分快適だった。

部屋から30歩でダイビングショップ。そこから20歩でボートに乗り込み潜りに出かけた。一応ちっぽけなプールもあったから、潜水後はチャポンと塩抜きして、30歩で部屋に戻れた。



チャーターしたボートもかなり余裕があり、ゆったりノンビリできた。ハイシーズンのこの時期は、ダイバー客がかなり多かったからチャーター作戦は正解だった。

通常のダイビング代に加えて、1日あたり1万円弱でボートも水中ガイドもすべて占有できるのだから物価の安さに感謝である。体力の落ちたオジサマにとっては安全対策の上でも有効なやり方だと思う。

滞在したアロナビーチエリアは昔からヨーロッパ方面からのリゾート客で人気があったのだが、今は中国人が一大勢力になっていた。





ビーチにぎっしりと並ぶホテルやレストランも中国系が増殖していた。17年という歳月はこのエリアの様子を一変させていた。

発展した分、食べる店もよりどりみどり。ダイバー客しか見かけなかった昔とは大違いで、ダンキンドーナッツまで進出していた。前の晩に買い置きして、小さなバルコニーで朝食と洒落込んだりした。


潜ったのは4日間。天気も良く、海もベタなぎでマイペースでホゲホゲと水中撮影に励んだ。昔のように特定の被写体を探して一生懸命になることもなく、ただ漠然と綺麗な景色をカメラに収めようというノリである。ちっとも疲れなかった。でも、運動量もちっとも稼げなかった。

昨年、30年来の趣味であるダイビングを引退しようと考えていたのだが、やはり身体が元気に動くうちはわざわざ辞めちゃうのはもったいない。無理のない範囲で死なない程度に楽しもうと改めて感じた。





潜水日程を終えた後は、セブに戻る。昔は日程のすべてをダイビングに充てていたが、最近はすっかりヘタれ気味だから、セブシティの快適なホテルを確保して2日間あてもなくブラブラしてきた。

泊まったのはラディソン。過去にも何度か泊まったが、セブシティでは一番だろう。全体に綺麗だし、サービスもキビキビしている。街中のホテルにしてはプールも立派だ。



この時期、セブのリゾートが密集するマクタンエリアのリゾートホテルは、ボロっちいところでも1泊3万円ぐらい平気で取るのだが、こちらのホテルは1泊1万円ぐらいで泊まれる。

今回泊まったかなり広めのデラックスルームでも1万5千円程度である。マクタンエリアのどうでもいいリゾートに泊まるならこっちのほうが断然オススメだ。

夜遊びにも便利な立地である。タクシーで10分やそこらで街中の怪しげゾーンにもたどり着く。おかげで2晩とも夜な夜な遊び呆けてしまった。



怪しげなゴーゴーバーみたいな店でボラれそうになったり、1時間あたり2千円もするナイトクラブの個室に陣取ってハメをはずしたり、まさに昭和のニッポンのヒヒオヤジ丸出しのノリで過ごした。

命の洗濯が出来た。

ちなみに朝はマンゴーシュース、昼はマンゴーシェイク、夜はマンゴーダイキリと日々、マンゴー三昧だったせいで帰国したら体重が増えていた。

困ったもんだ。最後にあちらで食べたものをいくつか載せておきます。

豚の丸焼きや焦げ焦げバーベキュー、ウベアイスクリーム、チキン丸揚げ料理、中華料理屋で出てきたやたら辛いエビ、豚の顔の皿が可愛かったけど臭くて残した豚料理、冷えたココナッツジュース、ニンジンしか入っていないインチキ海鮮焼そば、シュリンプカクテルの謎のマンゴー添え。